普門寺飛優のひゅーまにずむ

好きなものについて不定期に語ります。

永遠の一瞬、灯る輝き ~優木せつ菜役・楠木ともりさんに寄せて (楠木ともりさんと私 編)~

彼女は貫いた。未来のために――。
(『ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』第2期第6話『"大好き"の選択を』より/
©2022 プロジェクトラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会)

 優木せつ菜といえば、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 (以下、作品名としては『虹ヶ咲』。アイドル集団としては「ニジガク」) 1stライブでヘッドライナーを務め、アニメでは主人公である侑にきっかけを与えた、ニジガクの代表的存在です。『スクールアイドルチャンネル』などでも堂々の一番人気であることが覗える、誰もが認める大スターだと思います。本名の中川菜々としては、虹ヶ咲学園の生徒会長を務め、悩みながらみんなの「大好き」を守ろうとした姿も私たちの印象に残っているはずです。
 そのせつ菜を演じる楠木ともりさんは、まさにせつ菜を体現する魂を持つ存在です。その楠木さんがせつ菜 (菜々) 役を降板することが、去る11月1日 (火) に発表されました。楠木さんがせつ菜を演じるのは、2023年3月31日 (金) までとなります。

 楠木さんはこれまで、関節の不自由を抱えながら活動を続けていました。先日その病名が、「関節型エーラス・ダンロス症候群」と確定したそうで、それを受けてライブでの演技続行が不可能と判断されたことが、降板のきっかけとなります。ただし、公式情報によれば降板を申し出たのが本人であるという点には留意すべきです。
 いろいろな考えや思いはまだ私の中を巡っているところですが、今回は私が楠木ともりさんを知ってからのことを綴りたいと思います。

 

私と楠木ともりさん

 ニジガクの最初の9人のキャストが発表されたのは2017年9月21日 (木) の生放送発表会でした。私は、ここで優木せつ菜役として楠木ともりさんの存在を初めて知りました*1。当時は17歳8ヶ月、高校3年生で、同5ヶ月 (高校2年生) で抜擢された平安名すみれ役・ペイトン尚未さんに抜かれるまで、シリーズ最年少での起用でした。知ったらすぐにTwitterをフォローしたのですが、当時プロフィールページに並んでいたのは今までのラブライブ! シリーズキャストとは一線を画する言葉たちでした。当時はかなり「攻めた」運用をしていたように記憶しているのですが、自分の言葉をはっきりと、力強く紡ぐ人だという印象を受けました。残念ながら当時のツイートの多くは削除されてしまっているようです。
 楠木さんの姿を、私が初めて生で見たのは、2018年11月10日 (日) のダイバーシティ東京プラザでのお披露目イベントでした。恥ずかしながら当時の私には、まだキャストの見分けが完全には付いていませんでしたし、未発売だった『TOKIMEKI Runners』の試聴も満足に聴けていない状況でした。当時のラブライブ! 界隈は、Aqours初の東京ドーム公演でもちきりでした。それでも現地には大勢の人が押しかけていました。楠木さんの顔立ちの良さが記憶に残っています。
 ところが、私はそれから長い間ニジガクのライブイベントに行くことはできませんでした。1stライブ、フェスで相次いで落選。その後は、1年以上有観客ライブが開催できなくなってしまいました。続く校内シャッフルフェスティバル、3rdでは、参加を見送ってしまいました。
 1stライブは、ニチアサ女児アニメのスタジオに隣接した映画館でLVを観ました。この女児アニメをモチーフとしたものがアニメ『虹ヶ咲』2期に登場したのは何かの縁でしょうか。このときの楠木さんのことで印象に残っているのは、やはりあの名演説です。「他の人の『大好き』を大切にできていますか?」という、まさに全てに通じる言葉です。当時の『スクスタ』でせつ菜が直面していた悔しさへの言及だったのですが、当時私は『スクスタ』を読み進められておらず、後から読んでこのことだったのかと再度納得した覚えがあります。

 余談ですが、せつ菜以外の役でも楠木さんの声を聴く機会がありました。『スロウスタート』十倉光希役や、『遊☆戯☆王SEVENS』霧島ロミン役などです。観ていませんが、現在も『チェンソーマン』で大活躍されていますね。特にロミンは音痴なギタリストというキャラクターで、「わざと下手に聞こえるように歌う」という高等テクニックに舌を巻いてしまいました。
 2021年以降のライブでは、配信でパフォーマンスを見ていました。楠木さんの身体の異変が報じられたのは、3rdの時だったかと記憶しています。「出演楽曲を絞ってパフォーマンスを行う」という告知の通り、全体曲では姿が見られなくなってしまいました。とはいえ、ソロ曲『CHASE!』『DIVE!』のそれは、少なくともカメラ越しの素人目ではアニメ通りのダンスを披露してくれていました。本人的には違ったのかもしれませんし、ダンス経験者や楠木さんのパフォーマンスをBDで何度も見返した方には違いがわかるかもしれませんが、私にはわかりませんでした。

 お披露目イベントの次に楠木さんの姿を見たのは、3年半後の4thライブでした。そのときには、その「違い」は決定的なものになっていたのです。ソロ曲『ヤダ!』はトロッコでのダンスなしのパフォーマンスとなっていました。この曲は今までのせつ菜のソロと一線を画する斬新なものでしたが、確かに「せつ菜」がそこにいたと、会場の熱狂が物語っていました。

4thライブの感想

carat8008.hateblo.jp

 そしてアニメ2期準拠である5thライブでは再びダンスが復活しました。昔と同じようにはできないまでも、精一杯の、否、200%とも300%とも思える姿を見せてくれたのです。

5thライブの感想

carat8008.hateblo.jp

 ここで楠木さんは、パフォーマンスにかける想いを吐露しました。5thライブの感想記事に詳細は記していますが、今回の決定にも深く関わるところなので、ここではその時の文章をそのまま引用します。

 身体の不自由を抱えた楠木さんがステージに立っていなかった理由は、「不完全なせつ菜を見せられないから」でした。自分がせつ菜になれないことにずっと葛藤を抱えていたのです。それでも、メンバーもファンも、どんな形でもいいからステージに立って、歌ってほしいと願い続けてきました。私たちにとってそれは当然で、せつ菜は楠木さんしかいないからです。それでもどうしても思い入れが強く、歌えなかったのが『TOKIMEKI Runners』で、<NT> Day1まではステージに上がっていませんでした。確かに <CC> Day1では8人で歌っていました。この仲間とだから実現したステージが、この日の『TOKIMEKI Runners』だったのです。

 私はこの話を、あまりにも、あまりにもせつ菜だと感じながら聞いていました。せつ菜は、スクールアイドルとしても、生徒会長の中川菜々としても、とても理想が高く、それゆえに挫折も多い子です。そして、悔いが残るくらいなら、退くことを選択してしまうこともありました。もし、菜々が今の楠木さんと同じ境遇に置かれたとしても、同じ選択をしたかもしれません。

 皆がラブライブ! に出られないならとスクールアイドルを辞めることを選んだ菜々に、侑は言いました。

「だったらラブライブ! なんて出なくていい!」

 楠木さんほどではないにせよ、ファンの側にも葛藤はあります。楠木さんが悩んで出した答えに対して、それは「大好き」の押し付けではないのか。それでも願い、祈りました。これほどせつ菜を愛してくれている楠木さんだってステージに立ちたいはず。だから、その願いを叶えてほしい。楠木さん自身の「大好き」を実現してほしいと。それは、せつ菜の「大好き」を叫んでほしいという侑の想いと重なります。2期最終話で侑が言った「次はあなたの番!」は、もう始まっていたのです。

スクールアイドル、ここに在り ~虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 5th Live! <Next TOKIMEKI公演> Day2全曲感想~ - 普門寺飛優のひゅーまにずむ

 もちろん、私たちは楠木さんにせつ菜でいて欲しいと願いました。優木せつ菜役は、世界で一番せつ菜のことを愛している人こそ相応しいと誰もが思いました。それと同時に、楠木さんもせつ菜の幸せを願っていたのです。これからもずっとずっと輝いていてほしいと。だから、自分の状態に折り合いをつけてせつ菜役を続けることは、せつ菜を演じたことにならない、5thで見せた「不完全な」せつ菜像を見せ続けるわけにはいかないというこだわりが勝ったのでしょう。
 後から明かされたことですが、このとき既に楠木さんは引退の決意を固めていました。
 11月1日、私はその日の仕事を終えてTwitterを開いたところでその情報を知りました。その場に立ちすくみ、身体が震えました。楠木さんとせつ菜は一心同体だとずっと信じていました。しかし、現実は甘くないこともこの1年半で認識していましたし、楠木さんも菜々も「大好き」のために決して妥協をすることのない人だということもわかっていました。だから、辛くても寂しくても、悲しくはありませんでした。これほどまでに自らを貫く強い人がラブライブ! シリーズのキャストをやっていたということは、人々の記憶に残り続けます。実際、この発表があったときに人々が発した労いや応援の言葉を見ていると、自分がせつ菜でよいのだろうかとずっと自問してきた楠木さんのやってきたことが正しかったと証明されたように感じました。
 ニジガクと楠木さん自身、そして私たちは、楠木さんが願った世界を生きていきます。人生の大きな一部分のはずのせつ菜役を誰かに譲ってまで、せつ菜にこれからも輝き続けていてほしいという願いは、当然私たちが変わっていくニジガクを愛し続けていくことにもかかっているはずです。それは私たちが願った姿ではなかったかもしれません。今までの向き合い方や好きだった度合いによって、受け止め方も違うはずで、私の言葉も楠木さんのコアなファンには届かないかもしれません。ただ、想いは発信できる人から形にしていくべきだとは思います。
 願いに強いとか弱いとか、勝ち負けということはないと思います。一方で、楠木さんは自分のこだわりとは違うところにあった仲間やファンたちの願いに、5thの場で応えてくれたのです。今度は私たちが楠木さんの願いに応える番、「次はあなたの番!」なのだと思います。

*1:並んでいたキャストでは、知っていたのは久保田未夢さんのみ