普門寺飛優のひゅーまにずむ

好きなものについて不定期に語ります。

絆・努力・勝利 ~ウルトラマンデッカー感想週報㉕ (終)『彼方の光』~

バズド星人たちの夢を受け継いで

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 ウルトラマンデッカー』もいよいよ最終回を迎えました。年跨ぎでの完走、お疲れ様でした。『Z』以降、25話を7ヶ月と、少し時間をかけて完結させるスタイルが定着しつつあります。

 率直な感想を言えば、今回は「無難で堅実な最終回」だったと思います。あっさりではありましたが、さりとて面白くなかったというわけでもありません。それはカナタと同じように、今までの努力の積み重ねがあったからだと思います。

 

光の力は、「いま」のために
 (『ウルトラマンデッカー』第25話 (終)『彼方の光』より/©円谷プロダクション/配信URL https://www.youtube.com/watch?v=6PNtc12o7W0)

 

 

1. 絆

 ヒーローとは、孤独な存在と言われています。誰にも正体を悟られてはならず、誰にも理解されなくても、人知れず戦う存在とされていると思います。しかし、彼らにとって、少なくともカナタにとって励みになっているのは、紛れもなく仲間の存在でした。「一度も独りだと思ったことはない」というのです。

 とはいえ、その「仲間」からしてみれば、隠し事が良くないというのも事実です。突然カナタがデッカーだと知らされたイチカが怒るのも無理はありません。しかし、イチカリュウモンも、これまでカナタが何かを隠していることを悟りつつ、カナタが戦う意味で悩んでいたときも、デッカーやアガムスの言葉を気に病んでいたときも、無条件にカナタのことを支えてきました。なればこそカナタが孤独を感じなかったのです。

 ウルトラシリーズでも、最初からほとんどの仲間に正体を知られていた『ジード』、中盤から正体を明かしていった『R/B』や『トリガー』、また本人は隠しているつもりだったのにバレていた『タイガ』のような例外はありますが、最終回間際まで仲間にはウルトラマンの正体がわからないケースが未だに主流です。むしろ、『シン・ウルトラマン』で見たように、正体が知られたことで逆に孤独になってしまうこともあるかもしれません。ウルトラマンだからと言って特別扱いされず、ひとりの人間として仲間と育んだ絆こそ、かけがえのないものになったと言えるでしょう。

 一方で、もう一つの絆がありました。ウルトラマンになったことで生まれた、カナタとケンゴの絆です。秘密を抱えるカナタにとって、誰にも相談できないことを相談できる相手が普、10年も前からウルトラマントリガーとして戦っているケンゴでした。『デッカー』では、『トリガー』以上にケンゴの人柄の部分が描かれたと思います。ケンゴの人柄と、その人柄だからこそできたことを振り返った私たちは、それによってもカナタにもきっと自分だけの答えが見つかると信じることができました。   

 

2. 努力

 キリノ イチカは「まっすぐの天才」。

 リュウモン ソウマは「見つめる天才」。

 そして、アスミ カナタは「努力の天才」です。

 最序盤の伏線が、ムラホシ隊長直々に回収されました。元々軍隊とも宇宙開発とも無縁の世界で生きてきて、成績は最下位でも、人知れず積み重ねてきた努力を、見ている人は見ていました。もちろん仲間の小さな変化を見逃さないリュウモンもそうですし、ムラホシ隊長がカナタをGUTS-SELECTに採用した理由はまさにその努力だったということです。負けられないと思うから、自分のやるべきことがそこにあるから、身体が動いていたこと。そのために日々の積み重ねを欠かさなかったこと。どちらもカナタが誰にも負けないところでした。それゆえにカナタは誰かの心を動かすことができ、若手の仲間への刺激になったり、ハネジローの成長も促したり、終にはアガムスに忘れていた想いを思い出させるまでになりました。

 そんな「努力の天才」を、実力よりもポテンシャルで採用したムラホシ隊長は慧眼でした。もちろん、まっすぐすぎて危ういイチカも、真面目すぎるリュウモンも未熟でしたが、本編の間でこれだけ成長して地球の危機を救うまでになったのです。「即戦力」の時代、このようなリーダーこそ未知の困難と戦うことができるのだという制作者の希望が込められていると感じます。希望を忘れていたアサカゲ (アガムス) は隊長の意図を聞いて激昂していましたが、最期にはその真意に気づけていたらと思います。

 

3. 勝利

 絆と努力、その先に掴み取る勝利があります。

 奪還したテラフェイザーを含むGUTS-SELECT全戦力、正体を明かしたデッカーとトリガーの総力戦は壮観でした。2大ウルトラマンもあえて共闘せずに、トリガーが回収したエタニティコアの光をデッカーにバトンタッチするという作戦でしたが、これには「撮れ高」以上のメッセージ性が込められていると思います。確かにウルトラマンが2人並んだほうが迫力のある映像になるかもしれません。しかし、カナタがたった一人で戦っているようでいて、常に仲間の存在に支えられていたように、あるいは地球外との連絡が取れない間も地球人同士お互いを案じ、想い続けていたように、いま隣にいない仲間のために戦うことが、『デッカー』では取り上げられてきました。その集大成としては、100点満点の作戦でした。

 この最終回には、ウルトラマンがラスボス怪獣を倒したというだけでない、2つの勝利があったと思います。

 1つ目は、カナタとGUTS-SELECTの面々の「意志の勝利」です。マザースフィアザウルスを追い込もうとしたまさにその時、GUTS-SELECTメンバー全員がスフィアに呑み込まれてしまいました。ここでスフィア*1が、自らの意図を明らかにします。それは、「宇宙から争いをなくすために宇宙中の生命を1つに統合する」という、ある意味ありふれたものです。スフィアはそれぞれの自我をなくし、自らに取り込んだ隊員たちを融合しようとしました。しかし、カナタは確固たる自分の意志を持ってそれを蝕もうとする存在を拒みました。自分とは何なのかもわからなかったカナタが、目の前のことに必死で立ち向かい続けるという自分の使命や、そのために誰よりも、昨日の自分よりも努力できるという自分の強みに気づき、そのために何度転んでも立ち上がり続ける覚悟を抱き、ここまではっきりと自分の想いを言葉にできるようになったのです。仲間たちも、同じようにスフィアの誘いを拒否していました。スフィアが望むのとは別の意味で、彼らは一つだったのです。

 カナタはこれからも目の前の問題や、困っている人のために懸命に戦い、「いま」を生き続けるという自分だけの答えを見つけました。ところで、物語序盤でギジェランに見せられた「明日見屋で仲間たちに煎餅を売ってちやほやされている」夢を覚えていますか。あれは一時の気の迷いだったのでしょうか。私はそうであると思うし、そうでないとも思います。心の奥底では、再び煎餅売りに戻れる平和な日々を望んでいるに違いありません。あの時と今で違うのは、それを取り戻し、守るために戦う覚悟ができているということです。

 もう1つは、メタの話になりますが、「物語の勝利」でもあると思います。はっきり言ってしまえばこの最終回はほぼすべてが王道の展開で、目新しいところはありません。男が敵だった腐れ縁の男を抱きしめたり、家族の正体が判明した上に一度死んで復活したり、最終回で新形態がお披露目したと思ったら主人公が光の中へ旅立って終わったりといった奇を衒うものはありません。ですが、この最終回を観終えたとき、私はそれに勝るとも劣らない余韻に浸っていました。それは、これまで本筋の回にとどまらず、怪獣が山ほど現れたり、ウルトラマンとメカが合体したり、そうかと思えば怪獣と老婆の友情を描く往年の名作のような回があったりとバラエティ豊かな物語の中で、登場人物の人柄にしっかりクローズアップして、その成長を描いてきたおかげで、定番の終わり方にも深みと説得力が出たからだと思います。もちろん画面やステージにヒーローが現れれば私は応援するのですが、『デッカー』のキャラたちは、1人1人が人間として応援に足るものを持っていたと思います。

 きれいに終わりましたが、『デッカー』の物語はまだ終わりません。1ヶ月後の2月23日 (木・祝) にウルトラマンデッカー最終章 旅立ちの彼方へ…』が上映されます。新たなウルトラマンディナスも登場し、3000万年前から続く「NEW GENERATION T & D」の世界の物語にピリオドが打たれます。

 

【お知らせ】

ウルトラマン感想週報』シリーズは、2023年夏から『感想月報』にリニューアル!

 約4話分を1本にまとめて、読み応えのある記事をお届けする予定です。

 また、記事数が減る分、今まで書けなかったような文章を書いていきたいと思います。

 今後とも『普門寺飛優のひゅーまにずむ』をよろしくお願いいたします。

*1:マザースフィアの声が大原さやかさんだったのに驚く。多摩方面へ聖地巡礼に行く途中の京王線や、『ウルサマ』参加時にサンシャインシティ・アルタに立ち寄ると、放送でスフィアの声が聞こえてしまう