
『グリッドマン ユニバース』が2023年3月24日 (金) に劇場公開されました。『電光超人グリッドマン』の誕生から30周年の記念作品となったこの映画は、これまでのシリーズ全てを思い出せるオールスター作品でした。約1ヶ月遅れの4月23日 (日) に観てきましたので、感想を簡単にまとめたいと思います。
1. グリッドマンシリーズって、なに?
当ブログで、ウルトラシリーズ以外の特撮作品の話をするのも、ラブライブ! シリーズ以外のアニメの話をするのも実は初めてでしたので、ここで簡単に『グリッドマン』について解説しておきたいと思います。
『電光超人グリッドマン』(以下、『電光超人』) が円谷プロの特撮作品として産声を上げたのは1993年。円谷作品ですが、ウルトラシリーズの外に位置づけられる作品です。とはいえ、怪獣とヒーローが戦う作品として、後の『ウルトラマンティガ』以降に繋がる重要な役割を果たしました。
コンピューターワールドに怪獣が現れると現実世界で事件が起こり、それをグリッドマンがコンピューターワールドで退治するという設定は斬新で、起こる事件は今から見ると摩訶不思議で荒唐無稽なものばかりですが、現在は現実でもサイバーテロで社会が混乱に陥ることも起こるようになり、未来を予見した「早すぎた名作」とも呼ばれます。当時、家庭用コンピューターはまだ普及しておらず、『電光超人グリッドマン』も怪作として語り継がれることになりました。
その後、一部で雑誌展開やショートムービーの制作は行われましたが、状況を大きく変化させたのが2018年、25周年の年にTVアニメとして放送された『SSSS.GRIDMAN』(以下、『GRIDMAN』) です。作品名の読みは、これで「グリッドマン」となっています。先述の雑誌展開、そして予定されていた続編をベースに、一転してコンピューターワールド上に創られた現実のような世界を舞台にし、その世界に創られた少年少女たちと、その世界を創った一人の少女がなす人間ドラマとして再構築されました*1。円谷特撮のファンのみならず、アニメファンの間でも懐かしさとともに話題を呼んだ作品です。登場するヒーローは『電光超人』のグリッドマン本人で、同作の設定も多数引き継がれました。
さらに、同じ制作陣から2021年にアニメ『SSSS.DYNAZENON』(以下、『DYNAZENON』) が世に放たれました。今度は、『電光超人』の1エピソードを大きく膨らませて1クールアニメとしたもので、辛い過去を抱え、社会に溶け込めない人々と、5000年前の遺恨を抱いてミイラから復活した「怪獣使い」たちの交流と衝突が描かれました。『GRIDMAN』とは別世界ですが、同作の登場人物も登場しています。
本記事では、これら3作品と今回の『グリッドマン ユニバース』(以下、『ユニバース』) を総称して「グリッドマンシリーズ」と呼びます。他にも、漫画や小説などのスピンオフが展開されています。私は、『GRIDMAN』と『DYNAZENON』は放送時期に観ていました。生まれる前の作品である『電光超人』も、『GRIDMAN』に合わせて13話まで、『DYNAZENON』のときに残り26話を視聴しました。
『ユニバース』を観るには、もちろん、これらの作品を知っているに越したことはありません。ただ、『GRIDMAN』と『DYNAZENON』については本編中で簡単にあらすじを振り返ってくれるので、内海のような熱心なファンに連れてこられてしまったとしても、最悪内容についていくことはできると思います。
2. 集・結
『ユニバース』は、『GRIDMAN』と『DYNAZENON』のクロスオーバー作品です。従って、両作品に登場したヒーローやメカが続々登場します。どれくらい出るかといえば、全部出ます。さらに、異なる作品に出たメカ同士で合体したりもします。まさに夢のコラボレーションです。
『GRIDMAN』陣営からはもちろんグリッドマンと、その武器となる「新世紀中学生」たち。
『DYNAZENON』陣営からはダイナゼノンと、ちせの友達怪獣ゴルドバーン。
その両方に登場するグリッドナイトと、「二代目」が操る戦艦サウンドラス。
登場人物も、両者の登場人物がほとんど登場します。
六花の母や、取り巻きのなみことはっすも登場します。
そして、先述の「新世紀中学生」、サムライ・キャリバー、マックス、ボラー、ヴィット。ちなみに「新世紀中学生」とは本当に中学生なのではなく、『電光超人』で世界を救った中学生たちを記念した称号です。人間態からメカに変身する、ユニークなキャラクターです。
『DYNAZENON』組の、麻中蓬、南夢芽、山中暦、飛鳥川ちせ。
『DYNAZENON』で上記4人と共に戦い、落命したかに思われた怪獣使いのガウマは、新世紀中学生のレックスとして新たに生を受けて登場します。変身するメカは、もちろんダイナレックスです。「ガウマ隊」のメンバーからは、今まで通りガウマと呼ばれていました。
両方の世界に登場する「ナイト」と「二代目」。「ナイト」も、『GRIDMAN』の登場人物たちからは『GRIDMAN』の世界における、ナイトの原型の名前で「アンチ」と呼ばれていました。
これだけでも十分オールスターなのですが、登場すると思われていなかった人物たちもサプライズで登場します。
『GRIDMAN』の世界の創作者であり、「現実」(=『電光超人』の世界) へ帰った新条アカネは、なんと「怪獣優生思想」(『DYNAZENON』の怪獣使い陣営) とそっくりの衣装を纏って、自らが生み出した世界に帰還しました*2。それも、かつて自らを弄んでいたアレクシス・ケリヴを操り、今度は裕太たちに味方していました。
ガウマが現代でずっと会いたかった「姫」(キャラクター名としては「ひめ」) も、デパートの物産展の売り子に転生して登場し、ガウマとの再開を果たしていました。「演じるのは、両作のEDテーマ、『ユニバース』でも挿入歌を担当しながら、キャストとしては登場していなかった内田真礼さんです。これらの人物は、公開後にネタバレされても、俄にはその登場を信じることができませんでした。
さらにもう1人、裕太のピンチに現れ、グリッドマンとの一体化ができる「ジャンク」の元へと導いたバイク乗りがいます。彼は『電光超人』の主人公・翔直人……の、ウルトラシリーズ的に言えば「並行同位体」といったところでしょうか。小尾昌也さん演じるこの優しそうなおじさんは、『GRIDMAN』『DYNAZENON』でも少しだけ登場していました。
出てくる人物やメカを列挙しただけでここまで熱くなってしまう、夢のような映画でした。
3. 誰がために夢を見る
グリッドマンとはどういう存在なのか、この映画が伝えたいメッセージが何なのかを考えるにあたって、まずは少々複雑な作品の設定を整理しておきたいと思います。
『ユニバース』ではこれまでの作品の舞台が、階層構造でまとめられました。
・『電光超人』の世界
創造者: 神?
住人: 直人たち、アカネ
・『GRIDMAN』の世界
創造者: アカネ
住人: 裕太たち
・『DYNAZENON』の世界
創造者: グリッドマン
住人: 蓬たち
・世界を飛び越えられる存在……ハイパーエージェント (グリッドマン、新世紀中学生)
・世界のルールを無視できる存在……怪獣
『GRIDMAN』世界の住人にとっては、アカネは世界を創造した神ということになります。一方でアカネの正体は普通の人間でした。「世界を創造する」というのがどんな行為なのかと思っていましたが、今回の映画にはそのヒントがありました。六花と内海は、文化祭の出し物として、グリッドマンとの出来事を演劇の脚本にしようとしており、それが映画の縦軸の1つになっていました。そこから類推されるのが、『GRIDMAN』の世界が「物語」であり、アカネがそういうタイプの創作者だということです。そう考えると、TVアニメでアカネが自分の作品の出来に納得がいかず、都合のよいように要素を消したりしていたのは、創作者の直面する「産みの苦しみ」と符合します。それを面白がって創作者を壊しかけたたちの悪い読み手が、アレクシスでした。
『DYNAZENON』の世界を創ったグリッドマンも、黒幕マッドオリジンに付け入る隙を与えてしまっていました。戦いに巻き込み、貴重な時間を奪ってしまった裕太への負い目という人間的な感情が悪用されたのです。マッドオリジンに支配されたグリッドマンは、アクセスフラッシュと同じ要領で宇宙と合体し、生み出したいくつもの宇宙と交ざることでエネルギーを得ようとしていました。グリッドマンを解放したのは、一方ではマッドオリジンとアレクシス (feat. アカネ) との戦いでしたが、もう一方では裕太が持ち込んだたくさんのグリッドマンの絵でした。演劇の手伝いで、『DYNAZENON』陣営も含めた皆がそれぞれの記憶と想像を頼りにグリッドマンを描いた絵が、宇宙と同化してしまったグリッドマンに新たな形を与えました。新形態・Universe Fighterの誕生です。
ここで、グリッドマンの正体について私の意見を述べたいと思います。
グリッドマンは、「夢のヒーロー」です。
『夢のヒーロー』は、『電光超人』の主題歌のタイトルです。グリッドマンは、当ブログでも何度か語っている「夢」の特徴を持っている人物ということがいえると思います。
まず、グリッドマンは存在しません。実体を持たない虚構の存在です。だから、アクセスフラッシュによって人間と一体化しなければ世界に姿を現すことができません。では、裕太や蓬たちが住むそれぞれの現実と全く無関係にあるかと言われると、そうではないと思います。怪獣は、『DYNAZENON』の怪獣使い・シズムが言っていた通り、自由な存在です。時間や空間にも縛られず、空想のままに存在することができます。そのような掟破りに立ち向かうのに、友情や絆のようなものを礎に顕現するのが、グリッドマンです。グリッドマン自身が人間的な感情を持った存在で、人間とグリッドマンの関係性はどこまでもリアルなものです。
空想が「夢」になった瞬間、それはリアルとの関わりの中でしかありえなくなります。寝ているときの夢は必ず目覚めます。未来に見る夢は、それと現実を見比べたとき、恋い焦がれるかのように切なくなります。ならば、怪獣と同じ空想上の存在でありながら、リアルな関係性によって実体化するグリッドマンは、「夢」と似ているのではないでしょうか。
Universe Fighterは、そんな皆の夢の集合体です。マッドオリジンが思い描いた、独り善がりなグリッドマンのあり方とは対極にあります。人それぞれ、大切にしているものは違います。裕太と内海では、好きなドラマも、感動するポイントも違います。それらは、互いに理解し合うことが難しいところです。劇の脚本も、ヒーローアクションであったり、アカネの存在であったり、いろいろな点でダメ出しされてしまいました。
4. 現実あっての夢、夢あっての現実
『ユニバース』は『GRIDMAN』と『DYNAZENON』それぞれの結末を受けた作品です。『GRIDMAN』では、アレクシスから解放されたアカネが自ら創った世界を後にし、実写の現実世界で目覚めます。また、『DYNAZENON』では、時間や空間、生や死にも縛られない究極の自由を求めた怪獣使い・シズムと対決した蓬たちは、不自由であっても自分の世界に根を下ろして生きることを決意しました。それらを見ると、「現実に帰れ」というメッセージを包含しているように思われます。同じくウルトラシリーズから影響を受けた『エヴァンゲリオン』シリーズにも言われることですが、果たしてそれだけなのでしょうか?
グリッドマンと一体化した宇宙では、現実そのものが「夢」になってしまいました (視聴者にとっての夢の共演)。2つの宇宙が融合し、ひめやアカネといったもうこの世界にいない存在も登場しました。グリッドマンとの結びつきが強い裕太からは、夢を見ているかのごとく痛みが失われました。その反面、正体が怪獣であるナイトたちは夢の中から疎外されていました。その中で、ガウマと六花が受けた影響を振り返ります。
レックスことガウマは、宇宙の融合という夢のような事件が原因でひめと再会することができました。物産展で買っていたカニの領収書の裏面には、本来ここにいるべきではないひめからの激励の言葉がありました。宛名が「新世紀中学生」ではなくガウマ個人でなければ受け付けてもらえなかったのは、このためですね。そのこともあって、ガウマはようやく前に進めたのです。
一方、夢を語り継ぐことにひと夏をかけた六花は、グリッドマンとの出来事や、2年目の夏の再びの事件をきっかけに、裕太に対する気持ちに気づくことができました。六花にも、ずっとそばにいたかった、しかしこれまたここにいるべきではないアカネという親友がいます。その想いを台本に込めようとした六花でしたが、他者の冷たい視線に晒されて、一度はそれを諦めかけました。六花は、アカネとの再会の後、アカネへの想いはしまい込んで日常へと帰りましたが、その気持ちに整理を付けるためにも改めてアカネとのことを台本に盛り込むことにしました。「夢」を言葉に残したことは、六花が裕太の想いに応える道を選ぶにあたっても必要なステップだったのではないかと思います。
空想と現実を混同してはいけません。空想に囚われると、「怪獣」が出てきてしまいます。しかし、夢には現実の自分を強くしてくれる力があるのだと、2人の事例を踏まえて思います。
現実を直視して生きるのに夢は有益で、現実を生きることなくして夢はありえません。過去や空想に囚われすぎず、しかし自由な想像や強い願いを捨てないで、それを大切な人と共有することが、『ユニバース』が描いた現実への帰り方、あるいは夢との向き合い方なのではないでしょうか。
5. 夢が醒めるとき
マッドオリジンを倒した若者たちと、ヒーローたちと、怪獣たちは、それぞれ一つ先のステップへと進みました。アカネは再び元いた世界へ帰り、永遠の命を持つアレクシスは、死の意味を知って死にました。新世紀中学生たちや『DYNAZENON』組も元の世界へと帰っていき、物語は終わりを迎えます。
裕太にとっては、この物語はヒーローから一人の少年になる物語でした。グリッドマンではない裕太自身も、自分にしかできない使命を意識すると、大切な人の危機に自らの命を顧みずに向かっていく、ヒーロー気質の人でした。マッドオリジンとの戦闘後も、グリッドマンと共に戦っていくことは表明しています。しかし、六花に告白するときだけ、アクセプターを外していたのが印象に残ります。ヒーローとして数々の戦いに向き合ってきた裕太が、一連の事件を経て成長して、「人間・響裕太」として自分の気持ちにも向き合うことができるようになったのです。元々、裕太はアカネに創造された存在なので順番がこのように逆転してはいますが、『GRIDMAN』本編ラストで街だけの世界が宇宙になったように、裕太が本当の意味で人間になる物語が『ユニバース』だったのです。
蓬と夢芽も、一歩先へ進みます。本物の裕太の物語を描くことが叶わなかった『GRIDMAN』とは異なり、『DYNAZENON』では2人が交際を始めたことが仄めかされて本編が終わります。シズムが理解できなかった、蓬が選んだ不自由には「絆」という名前もあります。元々は動物を繋ぎ止めて、不自由にしておく綱のことを表していた言葉です。『ユニバース』の事件を経て、2人は「家族」というより強い「絆」を選びました。高校生のプロポーズ (?) には、やや驚きましたが……。
その絆を繋ぐのを助けたのが、ガウマに託されたカニです。ガウマはカニを手放すことでひめとの関係の終わりを受け入れ、未来ある関係にその願いが受け継がれました。
ただ、このカニの味も、蓬の母親にしてみれば「普通」でした。ラストのコメディシーンではあるのですが、私にはここにも重要な意味があるような気がしています。少年や少女がどんな大冒険を繰り広げようと、大恋愛をしようと、経験の量が桁違いな大人には可愛らしく思えるものということです。六花の母親も、事件自体には直接関係しないにもかかわらず、どこか達観したような態度や、見透かすような発言をしてきたように思います。大人から見れば、恋の終わりも進展も、ありふれたものだということです。さらに言えば、『ユニバース』自体が、世界を救った英雄の物語というのが一面に過ぎず、ありふれた少年少女の物語であり、あなたの物語だという意味が込められていると思います。次は、あなたの番です。