普門寺飛優のひゅーまにずむ

好きなものについて不定期に語ります。

Aqours、旅立ちの時 Aqours Finale LoveLive! ~永久Stage~ Day1・2完全感想③

 

 『永久hours』の「空は広いって知ってたけど こんなにも青かったんだね」という歌詞からは、様々なことが思い浮かびます。例えば、このライブを通して感じた、沼津の澄んだ海をそのまま所沢に持ってきてしまったかのような当日の空模様のごとき、晴れやかな心地のこと。あるいは、世界中どこの空を見ても、Aqoursという青い輝きを見出すことができ、Aqoursとの繋がりを思い出せるということ。

 Aqours Finale LoveLive! ~永久stage~』(6月21・22日 (土・日)) では、そんな「青」だけでなく、既に言及したものも含めて、Aqoursが作り出した様々な色の記憶が心に焼き付いています。そのすべてが、Aqoursの門出を、そして私たちの門出をも祝福するものでした。

 

① (開演まで)

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② (曲開始~アニメメドレー)

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9. Aqoursの旅路/緑の記憶、黄色の記憶

 3年生3人の幕間アニメが流れました。辛苦を共にし、成熟した関係性に裏打ちされたじゃれ合いをいつも見せてくれる3人は、今回もいつも通りでした。自分の弱いところも、相手の弱いところも受け入れ、大切にできたことが、物語で描かれた3人の成長でした。

 その3年生3人組*1から、果南がモニターに映し出されました。そう、HAPPY PARTY TRAINのPVです。本当に伊豆箱根鉄道とコラボし、Aqoursのラッピング列車が現在も走り続けています。モデルになった扇形庫がある大分県豊後森機関区にも行きました。

「知りたいのは素晴らしい夜明けと 切なさを宿す夕焼け」

 ほとんど日は落ちていましたが、この太陽が再び昇る日にはそれがあるのではないかと思わされました。この曲はAqours始動から2年以内にリリースされた、今から見れば最初期の曲です。にもかかわらず、この時期から切なさを感じる曲を情感を込めて歌っていたのは、Aqoursの活動序盤にあった「別れ」からくるものなのではないでしょうか。思えば、このライブの幕間では『サンシャイン!!』のアニメの中でも、μ'sが登場するシーンを意識的に選んでいた気がします。μ'sを追いかけたことがAqoursの始まりで、μ'sがいないところで頑張り抜いたことがAqoursを強くしたということが、間違いなく今に繋がっているのだと思います。

「ひとりでも行かなくちゃ 思い出をくちずさんで」

 Finaleライブは、Aqoursの旅立ちです。この時点で9人の衣装は『永久hours』になっていました。気づけばモニター横の砂時計も、だいぶ落ちてしまっています。着実にその時が近づいていることを自覚させられてしまいました。

 この2曲後が、鉄道繋がりで『僕らの旅は終わらない』なのですが、その間に『僕らの海でまた会おう』が入りました。Aqours9周年のテーマソングで、この曲からFinaleライブへのカウントダウンが始まりました。切なさの強い曲で、Aqoursの歌う言葉の一つ一つが沁みるようでした。この曲でも「旅」のことを歌っていますが、「楽しいこと探す旅の途中」の「旅」とは、人生のことです。Aqoursの歌には、人生を歌う歌がいくつか存在しています。これまでの長い旅路を振り返り、これからのもっと長い旅路に希望を抱いて、『僕らの旅は終わらない』に、その文脈を付与していったのでした。

 『僕らの旅は終わらない』で良かったのは、リリックビデオです。この曲はJR東海コラボ楽曲であり、おそらく新幹線車内でのみ公開されていたビデオだったかと思うのですが、鉄道ファンとして嬉しい小ネタがたくさんありました。『ラブライブ! サンシャイン!!』の時代に静岡県へ、あるいはライブ会場へ人々を運んだN700系・N700S系だけでなく、100系300系のモチーフも登場し、昨年で60周年を迎えた東海道新幹線の歴史の中にAqoursの時代がひとつの要素として位置づけられているのを感じました。沼津駅を管轄するJR東海から、Aqoursが自分たちのアイドルだと思ってもらえていることがとても幸せなことだと、両方大好きな人間として思います。寝そべりぬいぐるみや、Saint Snowや月たちメンバーの親族、「よいつむ」たち沼津の人々がリリックビデオに登場するのも嬉しいところです。

 ペンライトは、ライトブルー・レッド・イエローにしていました。曜とダイヤと花丸……ではなく、新幹線『こだま』*2『ひかり』『のぞみ』の種別色です。これらの単語が実際に歌詞に入っていますが、リリックビデオでも歌詞の文字の色がこれらの色に変わっていました。

JR沼津駅に置かれたAqoursのパネル (2025. 2. 23)

 そしてこのセクションは、『未体験HORIZON』で締めくくられました。劇場版を終えたAqoursが、新たな旅立ちとしてリリースした曲が、今回もAqoursのさらなる旅立ちを飾りました。客席は花丸のイエローに染まり、「黄色」の思い出になりました。

 この曲を聴くと、今やラブライブ! シリーズの聖地になりつつある福井でシングルを買った日のことを思い出しつつ、同時にそれからのAqoursの道のりのことも思い出します。あれほどの荒波に揉まれた航海はありませんでした。これからもどんなことが待っているかわからないけれど、太陽はそれでも昇るから、決して希望を捨てないという意志を感じました。

「海へと沈むけど海から昇るんだ」

 

 最後の幕間は2年生の3人でした。千歌は、Aqoursを一言で言い表そうとして、「うまく言葉にできない」と詰まっていました。Aqoursの日々の中心には、いつも千歌がいました。そこから見える景色は、どんなものだったのでしょうか。人生のすべてがAqoursに繋がっていて、「いま」のすべてをAqoursにつぎ込んでいたのなら、それが何か一つの言葉で、あるいはたった4~5分の曲で言い表せるものではないはずです。それは、込み上げてきたものが「涙」という一言で言い表せないのと同じように。千歌がそんな状態から紡ぎ出した「永遠」という言葉は、振り返りではなくこれからを見据えたものでありました。

 実は、「永遠」という言葉には、7年前の4thライブの時点で既に辿り着いていました。逆に言えば、7年経っても「“永遠” に“なった”」と言えないのは、それがこれからも大切な想いを忘れず、不断に進み続けることでしか成し得ないものだからです。

 新規アニメでは、2年生3人が語り合っていました。あの状況からスマホを海に落とさず*3の伴奏が消え、みんなで合唱するものです。

 実は私は、恥ずかしながら今回『勇気はどこに? 君の胸に!』が、(来て欲しいとは思いつつ) セットリストから外れると予想していました。なぜなら、スクールアイドルAqoursにやり残したことはもうないからです。無論、この10年間には悔しかったこともたくさんあるはずですし、叶わなかった願いもあります。しかしながら、その中で全力を燃やし続けたAqoursにとって、「やり残したことなどない」と言える日があるならば、それはFinaleライブの2日間であったはずです。私も、Aqoursは十分やり切ったと思いますし、事実、ラストMCで逢田梨香子さんもそう言っていました。

 それでも、Aqours9人で歌う本当に最後の曲には、『勇気はどこに? 君の胸に!(2期11話ver.)」を選びました。

 つまり、これはスクールアイドル活動について言っているのではありません。人生の話をしているのです。あるいは、AqoursメンバーやAqoursキャスト9人の人生は当然に「Aqours」と呼ぶことができ、Aqoursと想いを一にする人の人生もまた、「Aqours」と呼ぶことができるなら、これはAqoursについての歌です。Aqoursという名の人生はこれからまだまだ長く、やり残したことなどないと言えるまでには遠い。ここは人生の旅の区切りで、リスタート地点です。

 曲を通して9人はトロッコでホームベース側へ移動し、曲が終わった後に戻っていきました。DAY2ではまさに最後の曲が終わった後、客席中に手を振りながらの帰還となりました。その間、『勇気はどこに? 君の胸に!』のOff Vocalが流れていたのですが、客席からも大合唱が起きていました。あの場所にいる人の多くが何も見なくても歌える歌で、Aqoursの9人に歌を返していたのです。μ’s FINALライブでは、『僕たちはひとつの光』を観客がずっと歌っていたという伝説が残っています。それと同じようなことが起きました。しかし、私はμ’sファンが歌っていたからAqoursファンも歌った、というわけではないと思います。この歌に浸りたくて、ただAqoursの9人と過ごす時間に浸りたくて、あるいはAqoursに声を届けたくて、歌っていたのだと思います。少なくとも私はそうでした。あくまでそのような想いの結果として、伝説が再現したに過ぎません。

 この時流れていたのは、通常ver. の『勇気はどこに? 君の胸に!』Off Vocalです。しかし、Cメロまで来ると、演奏がすっと止まりました。客席の人々は2期11話ver. の間合いで歌っていたため、音を消しただけではタイミングが合わなくなるとふと思ったのですが、何の心配も無用で、音楽はぴったりのリズムで再開しました。音響席が見える席からの報告では、スタッフが手動で音楽を止め、ぴったりの場所から再開させていたという報告もあります。

 この時間、自分の前にはちょうど1年生のトロッコが通りかかりました。そのとき、降幡さんの目も潤んでいました。いまとなってはまず泣いているところを見ないので、この光景も決して忘れることはないと思います。

 何度も何度も抽選に落ち、最後の抽選で「完全見切れ席」を引いて、本当に見えるのかと不安を抱えながら向かった客席でしたが、最後の最後でこの近さでキャストと目と目が合ったことは、きっと運命です。

「ああ太陽が笑いかけるよ」

 Aqoursのワンマンライブがもう予定されない時代になっても、朝に太陽は必ず上ってきます。でも、この歌詞は私たちの地球を照らす恒星の太陽のことだけを言っているのではありません。Aqoursは私たちの太陽です。高海千歌は、伊波杏樹さんはAqoursの太陽です。太陽が自然の摂理で姿を現すのと同じくらい、必ずAqoursも笑いかけるということなのだと、このとき感じました。

 μ’sのFINALライブで初めて実現し、Aqoursの重要なライブや、ニジガク、Liella!、蓮ノ空と受け継がれてきたダブルアンコールですが、ではAqoursのFinaleライブではさぞ心に残るダブルアンコールをやるのだろうと思っていたら、ダブルアンコールはありませんでした。本編の美しい終わりを見て、アンコールで気持ちの繋がりを確認した時点で、もうこれ以上アンコールがないことに薄々勘づいていたのです。DAY2の退場時は、一人一人ポーズをしながらステージを降りて行きましたが、最後になった鈴木愛奈さんが「みんなのことが大好き!」と1人だけ言葉にすると、それを聞いたAqoursキャストがすぐに戻ってきました。他のキャストたちも改めて私たちに言葉を届けてくれて、それから「沼津に帰ろう」とステージを後にしました。

 Aqoursには沼津という帰る場所があります。第一線から退いたAqoursは、沼津へ帰るのです。

 そればかりでなく、Finaleライブの場所にベルーナドームを選んだのは、そこが沼津の分身のような場所であり、「帰る場所」を意識させるものだったからなのでしょう。メタ的には、東京ドームが取れなかったからかもしれません (この日の東京ドームでは普通に野球の試合―それも読売ジャイアンツとまさかの「埼玉西武ライオンズ」の交流戦―が行われていたので、別のアーティストが抑えていたわけではありません。そのため、「わざと」ベルーナドームにした可能性もあります)。しかし、そんなことはどうでもよいのです。これがAqoursの出した答えであり、「今」であり、それ以外の結末は考えられません。

 Aqoursからバトンを渡された私たちは、それぞれが異なる場所で、異なる長さの人生を生きていきます。残り5年かもしれないし、60年かもしれません。もしかしたら100年かもしれませんが、それぞれ懸命に生き抜いていくことになります。その中で、Aqoursに会いたいと願い続けることと、沼津に「いる」Aqoursに会いに行くことは、これからも行っていこうと思います。同じ事を考えている人が、あの中にはたくさんいたと思います。

 より綺麗な「終わり」を迎えたμ’sでさえ、あのとき「解散」はしていません。現にそれから4年後のラブライブ! フェス』にて9人揃うという奇跡を起こしました。今のところはその1回限りが最後になっていますが、Aqoursにだってできないということはないはずです。今は、『沼津地元愛まつり2025』や沼津での謎解きイベント (後述)、万博などのフェス出演と、豊富な展開が予定されています。あまつさえ、「ルビィちゃん」は10年の歴史の中で今一番人口に膾炙しているのです。そんな状況では、その予感が強いのはまだ当然のことです。ちなみに10周年当日の6月30日 (月) にはラブライブ! シリーズ15周年記念の新たな『ラブライブ! フェス』の開催も決定しています。そこでもしかしたら……とも思います。しかしながら、これから少しずつ供給が減ってきてしまうと思います。そうなると、Aqoursにまた会えると信じ続けるのは大変になるかもしれません。そんなときこそ、Aqoursの曲をまた聴こうと思います。目を閉じて聴けば、きっとそこにAqoursはいます。Finaleライブのセットリストは、そんなときにもちょうどよいものだったと思います。

 私たちは、表現者と観客・聴衆が顔を合わせる機会が消えてなくなるかもしれないというときに、Aqoursのことを信じるということを一度やってきています。それに比べれば、これからのAqoursとの未来は、はるかに信じられるものではないでしょうか。

 すべてが終わった後、会場中からAqoursコールが湧き上がり、響いていました。ダブルアンコールがあるかないかなんて関係ありません。これは、みんなの気持ちが同じだということです。

 その後、『永久hours』の曲とともにエンドロールが流れました。ライブでエンドロールが流れるのは珍しく、『幻日のヨハネ』のライブで一度あったくらいだと思います。それも「終わりではなく、結末である」Finaleにふさわしいものだと思います。エンドロールの中では、Aqoursからの手紙も映りました。それぞれがAqoursへの想いや、10年間の思い出、見てくれた人への感謝を綴る中、「I live, I live LoveLive! days!」の一言で締めたトップバッターの降幡さんがかっこよかったです。

*1:願わくば「蓮ノ大三角」のような称号が欲しかった

*2:正確には青

*3:もっとも、仮に落としてしまっても、Aqoursの日々の証となる写真はクラウドに保存されていると思われるので、消えない(笑)))、出会ってすぐのあの日のように自分たちも海に落ちなかったのは、積み上げられた関係性の成せる業です。

 こうして各学年のアニメーションを見ていると、本編にもそんなシーンがあったような気がしてきてしまいます。私たちの中にも、Aqoursが生きている証拠でしょうか。

 

10. 最後の曲/桜色の記憶

 幕間が終わり、『Brightest Melody』が始まりました。着実に旅立ちの瞬間が近づいてくるのを悟りました。これは、劇中のAqoursが9人で最後に歌った曲です。

「明日に向けてまた始めたいとびきりの何か」「それは何だろうね」

 Aqoursがこの10年の間、繰り返し伝えてくれたように、この旅立ちは新しい始まりです。明日からのAqoursは、何を始めるのでしょうか。私たちにはわかりません。それでも、きっと大丈夫だと信じることができます。次の新曲『SAKURA-saku KOKORO-saku』では客席がサクラピンクに染まり、「桜色」の思い出ができました。桜は儚く散るものの象徴であると同時に、別れの季節を告げる存在です。「この瞬間が終わらなければいいのに」という気持ちを抱かせる花が、真夏のベルーナドームに舞っていました。

「桜よ永遠に咲きたかろう」

 気づけば、砂時計も残りわずかになっていました。

Aqours Finale LoveLive! ~永久stage~、次が最後の曲です」

 伊波さんの口から、名残惜しさたっぷりに、しかし確固たる決意を持って、その事実が告げられました。

 その曲は、『永久hours』でした。

 開演直後から閉じていたステージの扉が開き、最初に小宮さんが「Aqours」の文字を書いた砂浜が再出現しました。いろいろな場所で歌ってきたAqoursが、最後に沼津の砂浜で歌っているようでした。それも、『永久hours』というリズミカルで楽しいナンバーを。最後のシングル (カップリング曲は『僕らの旅は終わらない』) でも、しんみりするのは似合わないというのがAqoursが出した答えでした。

 

11. 虹色の記憶

 Aqoursが退場すると、早速客席に9色の虹ができました。5thライブに始まり、6thライブ <SUNNY> でも見られたブレード企画が、今回も決まりました (6th <WINDY> など、ベルーナドーム以外の会場ではこうならないようです)。私の席は、DAY1がレッド、DAY2がバイオレットでした。なお、事前の有志による座席表では座席番号が間違っており、最前列だった私の席の前までがバイオレット、自分の番号はエメラルドグリーンとなっていたのですが、実際には自然に前の方がバイオレットとなっていました。確かにXやフライヤーで告知がなされているとはいえ、大半の人が自分で考えて虹を作ろうとしているため、自然に綺麗な虹ができるようになっているのです。

 とはいえ、そもそもこの虹自体、誰かが発案しなければ実現しなかったものです。公式の虹 (例えば、劇場版における『Next SPARKLING!!』のステージ装飾) とも配色の順番などが異なるので、配色を考えた人がいて、それに合わせて各々が自分の席の配置から点灯するべき色を考えて、周りに合わせるなどの調整をすることによってこの光景が成り立っています。世の中には運営の操作で自動的に色を変えられるペンライトもあるようですが、そのようなものが一切なくこういった景色が実現することは、Aqoursを初めて知る人たちからは驚かれるようです。DAY2の席からの視界はステージから客席を見る景色に近いものと思われ、ネット裏の上まで美しい光で埋め尽くされているのがよくわかりました。

 ブレード企画の発起人のような目立つ人には、様々な言葉が寄せられてしまいます。しかし、実際のところ私たちはその人たちに従うというよりは、その人たちと同じ思いを持ってベルーナドームに乗り込み、一つの虹を実現させたのです。私はAqoursのファンに対して、他のラブライブ! ではこれほど強く感じることがないくらいの強い仲間意識を感じています。年齢も立場もAqoursへの向き合い方もバラバラでも、気持ちが一つになる瞬間を何度となく経験しているからです。例えば、もし沼津やAqoursのキャストが何らかのトラブルに巻き込まれたときには、異なる意見を持つかもしれません。たとえ対立したとしても、ここにいた名前も知らない4万の人たちは、否、ここにはいなかった人も含めて、根底では繋がっている、一つのチームなのだと改めて感じました。

 「Aqoursコール」も、本当にこれが最後と思い、特にDAY2では今までにないほど間断なく叫び続けました。

 アニメのAqoursが、再び円陣を組みました。鞠莉の「9」のあと、観客全員で「10」をコールするのは定番ですが、もう何度もはできません。実際にはラストMCで円陣をやったのでこれが最後にはなりませんでしたが、もう一生できないかもしれない、と思いました。点呼の最後の数字をファンがコールするのは、シリーズでもAqoursが最後だからです。

 アンコールです。満を持して、君のこころは輝いてるかい?が始まりました。披露されないはずがないと思っていた曲は、1曲目ではなくアンコールの1曲目で来ました。ここまで、少ししめやかに、最後は賑やかに、旅立ちを描いてきて、それが新しい始まりなのだと力強く打ち立てる、始まりの歌です。

「だって僕たちはまだ夢に気づいたばかり」

「今日も太陽は照らしてる僕らの夢」

 10年前に度肝を抜いた馬跳びのパフォーマンスは、今も変わらずに完璧に決まりました。こんな「Aqoursならでは」も、これが最後。一つ一つ幕を閉じていきますが、これが新しい始まりというものです。

「この出会いがみんなを変える」

 Aqoursがそれを証明するのを、あるいは私たちがAqoursを通してそのことを知っていくのを、10年間かけて経験し続けてきました。

 このFinaleで、初めてAqoursに出会った人たちもいます。私の高校同期も、Finaleが初参戦でした。Finaleを「終わり」と括ってしまうのが乱暴なのは、これが出会いだという人もいるからです。ここからまた、誰かの人生が変わっていくと思えば、素敵ではありませんか。 

 『君のこころは輝いてるかい?』のパフォーマンス中、客席の光は虹色のままでした。だいたい曲が始まると思い思いの色に変わってしまうので、特別なものを見られた、それに参加できたという気がします。

 

12. みんなの歌声

 ここから、各キャストがFinaleライブにかけた想いを語っていきました。触れると長くなりますので、それだけで独立した記事を作成しようと思います。

 ベルーナドームに集まった全員での円陣が終わり、ついに本当に本当の最後の曲がやってきました。ここまでくると薄々そんな気はしていたのですが、最後の締めくくりはTVアニメのEDテーマとなりました。すなわち、DAY1がユメ語るよりユメ歌おう、DAY2が『勇気はどこに? 君の胸に!』でした。それぞれ、1stライブと3rdライブを締めくくった曲です。そして、アニメEDはみんなで歌う曲でもあります。「10人目」としても、これがFinaleです。

「やり残したことなどない そう言いたいね いつの日にか

そこまではまだ遠いよ」

『勇気はどこに? 君の胸に!』は、所謂「2期11話ver.」でした。すなわち、Cメロ((Dメロとも言うらしい