トリガーであるケンゴは「光であり、人である」存在です。それでは、「光」とは、「人」とは一体何なのでしょうか? 今回そのヒントを、それぞれイグニスとGUTS-SELECTの隊員たちが示してくれました。あれ? イグニスって「トリガーダーク」つまり「闇」ではありませんでしたか……?
イグニスが「闇」になった日
1. 「ウルトラマン」に一歩近づいたイグニス
前回からイグニスがトリガーダークに変身しています。その目的は、かつて同族を殲滅したヒュドラムに復讐することのようでした。
ところが今回は、少し様子が違いました。街を破壊する新宇宙伝説魔獣メツオロチを前に、逃げ惑う人々を見て、ヒュドラムから逃げ惑う故郷の同族たちを思い出し、同じ悲しみを繰り返さないために変身したのです。
力は使い方によって全にも悪にもなるということは、今までのウルトラシリーズでも描かれ続けてきたことです。『ティガ』にも、イーヴィルティガという巨人が登場します。自分の復讐のために力を使うことは、同情は誘うかもしれませんが、正義とはいえません。ですからイグニスのトリガーダークは悪のウルトラマンの域を出ませんでした。しかし、今回のイグニスはヒーローに一歩近づくことができていたのではないでしょうか。トリガーから奪ったサークルアームズで必殺技インパクトソードフィニッシュを決め、敗れてしまったとはいえヒュドラムの親分であるカルミラに対し「窮鼠猫を噛む」ような一撃を浴びせました。
とはいえ、そんなイグニスも結局は人間たちに捕まってしまいました。盗品を使って暴れたのですから人間の平和維持組織に捕まるのは当然なのですが、少し正義が芽生えたくらいではうまくいかないという因果応報は、残酷だとさえ思いました。
2. 「光と人」の「人」の部分
カルミラを前にGUTS-SELECTの隊員が横一列に並び、ゼットンキーを装填したGUTSスパークレンスを構えるシーン。今回、最もかっこよかったシーンを聞かれたら、ほとんどの人がこのシーンを挙げると思います。巨大な相手を前に毅然と立ち向かう人々、その強さの意味を理解してカルミラを諫めるダーゴンという構図が印象的です。
ナースデッセイ号の開発やダーゴンにとった態度など、GUTS-SELECT絡みのシーンはメンバーの掘り下げがやや少ない分*1、総体としての「人」の強さを描いているように思います。今回は必殺兵器のガーゴルゴンキーが効果今一つに終わり、そこからは通常兵器を使って怪獣に対抗、さらに無人機であるガッツファルコンさえ有人で操縦してしまうという、泥臭いかっこよさが描かれました。生身での戦闘では被弾すれば死にます。そんな状況でも、隊員たちは街を走り回りながら怯まず攻撃を続けるのです。ここで、ダーゴンを変えるに至った5話のユナの台詞を思い出します。
「私たちは、人間はあなたたちなんかに負けない。絶対に!」
GUTS-SELECTはそれを身をもって示し、カルミラたちを撤退させました。
3. 饗宴 = お祭り?
坂本監督メインの作品では、ヒーローショーのようなダイナミックなバトルが派手なエフェクトとともに描かれることが多いと思います。前回と今回は比較的若手の越知靖監督が担当しており、その独自のこだわりが見て取れますが、やはり大きな傾向としては変わりません。
まずメツオロチが活動を開始、それを見て居ても立ってもいられなくなったトリガーダークが変身、さらにトリガーが加勢してそこにカルミラが妨害に入るという乱戦ぶりは、実に『トリガー』らしいと言えます。ある意味で『ティガ』との最大の差別化かもしれません。あちらは様々な勢力がぶつかり合うといっても、一話一話はシンプルです。
その分惜しかったのは、あれだけ強かったメツオロチがあっさり倒されてしまったことです。その上で強くなったトリガーダークも敗れ、カルミラは重傷を負い、トリガーもやられようとしていたのです。無論「噛ませ」とは程遠い猛威を見せつけた怪獣なのですが、どれだけ人間が様々な兵器や作戦を使い、不屈の精神を見せて強くなろうとも、挑むべきものはさらに高い次元にあると感じさせられてしまいます。だからこそ、先述のカルミラと対峙するシーンが、より魅力的に見えるというのも事実だと思います。
人がウルトラマンを守るのに使った力は、ゼットンの力でした。ゼットンといえば『ウルトラマン』最終回でウルトラマンを倒し、人に倒された怪獣です。人とウルトラマンと邪悪なるものの関係性はシャッフルされてはいますが、理念は変わっていません。今年は『ティガ』25周年であるのみならず、『ウルトラマン』55周年でもあります。
次回のサブタイトルはその『ウルトラマン』第1話をもじったものです。皆に幸運が舞い降りるという予告に一抹の不安も覚えますが、果たして……。
*1:2クール作品にはある程度の取捨選択が必要