三船栞子。ラブライブ! シリーズ初の、既存グループへの追加メンバーです。ニジガクは9人だと思っていたファンたちに衝撃を与え、いろいろな思いを抱かせるに至りましたが、その後ニジガクにさらに2人が、Liella! には2年目の新入生として4人が追加され、その嚆矢的存在になりました。
アニメでも、今回初めて同好会に加入を表明するのですが、栞子の憧れはどこかにしまわれてしまっていました。
やりたいことは叶えればいい
1. 紫苑女学院
紫苑女学院は『スクフェス』に登場する学校で、アニメには2期から登場しています。今回、栞子の姉、薫子がこの紫苑女学院出身だという衝撃情報が明かされました。つまり近江姉妹に続き、三船姉妹も同じ学校に通っていないということ*1になります。近江姉妹は、自分が彼方のように優秀でないと察した遥が比較的学費の安い (根拠はない) 東雲を選んだ……のような背景が想像できますが、三船姉妹の場合はどうでしょうか。
薫子の理由は、前回「どうせなら音楽科のある学校がよかった」と明言されています。その意味は、前回の時点ではわかりませんでした。しかし今回、薫子が紫苑女学院でスクールアイドルをやっていたことがわかりました*2。スクールアイドルとして、ラブライブ!*3 を目指しますが、予選すら突破できませんでした。それでもスクールアイドル活動を通して多くのことを学んだ薫子は、前を向き続けていました。薫子は、応援が力になることを身に染みて感じていました。もちろん、妹の栞子の応援が一番の力になったことは言うまでもありません。そして、若い生徒たちを応援するために教員を志したのです。自分がスクールアイドルとして歌った経験を踏まえ、音楽科のある虹ヶ咲で、教員として自分の力が通用するか試してみたかったのでしょう。
一方、その虹ヶ咲学園には、全く違うことを考えていた栞子がいました。一番憧れていた姉が、スクールアイドルの世界で手も足も出なかったことは、その後の栞子の数年間に暗い影を落としました。誰も自分の身の丈に合わないことをしなければ、辛い思いをしなくて済むという、そのとき芽生えた信念を実践する場所は、紫苑ではありませんでした。そこに行けば、"姉と同時に"挫折した自分の夢にも向き合わざるを得なくなってしまうからです。有り体に言えば、姉が辛い思いをした紫苑から逃げただけでした。
同じステージで思いがすれ違った2人は、その先で、偶然の再会を果たしてしまいました。そして、イベントの成り行きで、運命の場所へ赴くことになってしまいました。
2. 普通の人の生き方
自分がやることを決めるには、「できる」「やりたい」「やるべき」の3つの軸があります。「やるべき」は、作品の性質上仕方ありませんが、『ラブライブ!』ではあまり顧みられることはありません。学生の本分は勉強ですが、『虹ヶ咲』ではそれさえも「やりたいこと」によって規定されていきます。すると、残りの「できる」と「やりたい」の兼ね合いが問題になります。千歌なら、「やりたいかどうかだよ!」と言いそうなところですが、結局のところ多くの人は「できる」ことをやり遂げるか、「やりたい」ことに挑戦し続けて高校3年間が終わるのではないでしょうか。
自分には「できる」と「やりたい」のどちらも追いかけることはできない、前回は相手がせつ菜だからできると言ったのだと栞子は言います。それができる人とできない人がはっきり分かれていると思う原因は、嵐珠にあるのではないでしょうか。栞子は、幼馴染として何でもできるし、何でもやりたいようにやる特異な才能の持ち主を身近に見続けてきました。薫子が負けたというトラウマだけでなく、嵐珠の存在によって、天は一部の人にしか才能を与えないのだというコンプレックスが植え付けられていたと想像できます。
しかし、各校での生徒たちの頑張り、とりわけ自分の姉の母校である紫苑の生徒たちを見ているうちに、自分もこのままでいいのかという思いは芽生えてきました。それでも、栞子は動けませんでした。
3. 羽根が舞い降り、時計が動き出す
今回の新曲『EMOTION』のPVには、「羽根」が登場します。『ラブライブ!』シリーズでずっと重要な役割を担い続けてきたアイテムですが、『虹ヶ咲』での登場実績はほとんどありません。強いて言えば、1期8話の『Solitude Rain』のPVに登場したくらいですが……。
ここではシリーズの歴史を離れ、このシーン単体で考えてみましょう。栞子が開いた本の中に、羽根と鍵が挟まっていました。本の中に挟まっているといえば「栞」です。単純な名前ネタでした。文脈の中で考えてみれば、栞子にとって「栞」が挟まっていたのは、薫子がスクールアイドルをやっていた紫苑のステージ、薫子が悔し涙を流した瞬間でした。そのときから栞子の夢は止まっていましたが、その時を動かす鍵も、同じ時、同じ場所にあったのです。羽根を頼りに、もう一度、あの場所で、夢を始めることができたのです。
改めてシリーズの中で考えてみると、羽根はラブライブ! の物語を繋ぎ、始まりを連れてくるものです。2期で初めての新メンバー加入回なので、ある意味で第1話然とした内容と捉えることもできるかもしれません。そして、その鍵だった薫子は、今までのシリーズで初めて、「終わり」のその先を知る人物です。自らに終止符を打ったμ's、終わりを回避できなかった浦の星女学院、どちらも「終わり」とともにストーリーが終わってしまいました。葉月花は終わりの先に大きな夢を続けましたが、夢が叶ったことを自分で知ることは叶いませんでした。叶わなかった夢の先に何を描けるのかを知っているのは、三船薫子、今現在は彼女が唯一無二の存在です。
4. まっすぐ系姉妹とまっすぐ系脚本
『スクスタ』の薫子は、もったいぶるような言い方を好む印象にあります。初めて「あなた」と会った時も、自分が栞子の姉であることを伏せ、面白がっているようでした。しかし、『アニガサキ』は謎かけのような話を好みません。
「あの子のやりたいって気持ちは、変わってないと思うんだよね」
「私はあなたが応援してくれたから、幸せな高校生活を送れたと思ってる」
"古参"のファンにしてみれば、薫子らしくないまっすぐな台詞にも感じます。しかし、考えてもみれば、栞子の二つ名は「まっすぐ系スクールアイドル」です。その姉の薫子が、まっすぐな性格だというのはむしろ説得力十分ではないでしょうか。思えば、栞子の部屋にセミを放ったエピソードに代表される『スクスタ』での数々の「奇行」も、自分がいいと思ったことをすぐに行動に移す率直さから来ているように思います。あちらの三船姉妹は、他でもないその性格で悪目立ちしていたのですが……。アニメではそんな奇行も鳴りを潜め、実直で行動力があり、家では意外な可愛げを見せる、魅力的な人物に仕上がっています。
『アニガサキ』2期のストーリーは、登場メンバーの性格やその話で伝えたいことが、そのまま作風に反映される性質があります。5話はスクールアイドルの自由さを表現するために、公式がここまでやっていいのかというくらいのファンアートのようなストーリーが描かれました。6話では、学校と菜々、両方の問題を提示しながらたった1話で両方を扱った上でライブパートまで披露した、欲張りセットのようなシナリオになりました。そして、7話は三船姉妹のようなまっすぐでわかりやすい語り口の物語でした。作風の多様性も、新しい『虹ヶ咲』らしさになりつつあります。
1話で嵐珠は、SIFで同好会と決着をつけると宣言しました。その日は目前まで迫っています。しかし、運悪く、嵐珠は自分の唯一の理解者が同好会と懇意にしているところを見てしまったのです。こうなると、何が起こるかは……1期視聴者としては嫌な予感しかしません。