普門寺飛優のひゅーまにずむ

好きなものについて不定期に語ります。

モラトリアムなき "歌" の世界 ~幻日のヨハネ SUNSHINE in the MIRROR感想週報①『はじまりのうた』~

16歳。大人になるってなんだろう
 (『幻日のヨハネ SUNSHINE in the MIRROR』第1話『はじまりのうた』より/©PROJECT YOHANE)

 

 斬新なアニメが始まりました。

 挫折した少女が自分にとって大切なものを探すひと夏の物語。それだけならありふれていると思います。

 魔法の世界を舞台にした異世界ファンタジーそれもよくあるものだと思います。最近は現実世界から主人公が転生してくるヒット作もたくさん生まれています。

 聖地巡礼」が話題になる、地域の風景や特色を織り込んだアニメ。アニメオタクのニッチな趣味だった「聖地巡礼」も、ここ10年ほどで急速に話題を呼び、流行語に選ばれたり、外国人観光客を呼び込む重要な柱になったりするなど、今のアニメ文化を語るに外せない概念です。

 しかし、それらがひとつのアニメに全部詰め込まれているとすれば?

 さらにその上で、登場するキャラクターが何故か皆『ラブライブ! サンシャイン!!』のAqoursのメンバーだったとすれば? そんな夢のようなアニメが本当にあるのか、疑問に思っても不思議ではないはずです。

 その荒唐無稽さがネタになったのか、ラブライブ! シリーズと同じ誌上企画だった『幻日のヨハネ』のアニメ化は、2022年のエイプリルフールに初めて発表されました。それが6thライブ <WINDY STAGE> で本当であることが明かされ、1年の月日を経て実現に漕ぎ着けたものです。本来の放送開始日は本日7月2日 (日) ですが、一週間前の6月25日 (日) から、ABEMAにて先行配信が行われていました。

 

 

1. 夢見る少女の精神年齢

 本作の主人公は歌手を夢見てトカイ*1へ飛び出した「ヨハネ」。どこかのスクールアイドル・津島善子とは顔も声も性格もよく似ていますが、こちらでは「ヨハネ」が本名です。

 物語が始まったとき、既にヨハネは窮地に陥っていました。オーディションには何度も落ち、所持金も底をついていました。しかもその日はトカイで暮らせる期限であった16歳の誕生日 (そっくりさんと同じ7月13日)。あえなく故郷・ヌマヅに帰り、両親が空けた空っぽの家でひと夏を過ごすことになりました。

 そんなヨハネですが、ことあるごとに、観ているだけで恥ずかしくなるくらい幼稚な言動を繰り返します。「この会場を満員にしていずれはドーム公演」という大きな夢も、どこか上滑り。オーディションに落ちれば陰謀のせいかと言ってみせ、ヌマヅには帰りたくないと駄々をこね、「ここには何もない」と見下すように言います。

 さりとて悪意があるのかといえばさにあらず。近所付き合いが濃密で変わったことをすれば目立ってしまう田舎のヌマヅに居づらかっただけです。好きだった歌も (ただ一人を除いては) 認めてくれませんでした。夢を持っていたようだったヨハネの旅立ちもまた、帰郷と同じようにある種の挫折だったのです。

 ヨハネが今持っているのは、ヌマヅにいれば浮いてしまい、トカイに出れば埋もれてしまう、中途半端な才能です。まあ、もし仮に精神の成熟を伴わないまま何でもできてしまったら、それはそれでどこかの香港からの帰国子女*2のように大変な人生になっていたでしょうけれど……。

 

2. ライラプス

 ヨハネはヌマヅを何も変わらない、特別なものなどない場所だと言いました。しかし、ライラプスは、変わろうとしていないのはヨハネのほうだと言わんばかりです。そして、ヨハネの中でいい意味で変わらないものを伝えに、ヨハネが小さい頃歌っていた森の中の切り株のステージへと連れていきます。子どもの頃よく来ていたにも関わらず、息を切らしていたヨハネでしたが、歌手になりたいにもかかわらずやりたくない体力づくりからは逃げていたのでしょうか。

 言わんばかりです。……言わんばかりです?

 そう、今作のライラプスは "喋り” ます。

 それも、日笠陽子さんの声で。

 日笠陽子さんといえば、ラブライブ! シリーズにおいては三船栞子の姉、薫子*3として活躍しています。『スクスタ』では破天荒なスクールアイドルフェスティバル創立者、『アニガサキ』では元スクールアイドルであり、いずれも良き姉、良き教員の卵として私たちの印象に残っています。実は、台詞があり、異なる名前のキャラクターを兼任したのは、高坂穂乃果の妹・雪穂および英国からの留学生・アイラを演じた東山奈央さん以来2人目です (動物の鳴き声を中心に全作品に出ている麦穂あんなさん、および『幻日のヨハネ』で同名役を演じているAqoursキャストは上記の条件で除外している)。アイラの登場は2日前公開の『NEXT SKY』なので、この短い期間に今までになかった声優の再登場が立て続けに見られました。

 ライラプスもまた、ヨハネの姉的な存在です。ヨハネは自分が妹であることを認めようとしませんが、そんなヨハネにいろいろなことを気づかせてくれる、しっかり者の相棒です。

 ところで、このライラプスですが、厳密には犬ではなく「狼獣」だそうです。犬なら、ヨハネの幼い頃から一緒にいればもう老犬でしょうが、きっと長命で、ヨハネとこれからも共に歩んでいくのでしょう。

 ここで、1つだけ不審な点があります。ライラプスは、ヨハネとしか会話していません。そして、ハナマルには「ワンワン吠えて疲れちゃったずらね」と言われています。視聴者の私たちは、「ワンワン吠えて」いる姿を見たわけではありません。

 果たして、ヨハネは本当にライラプスに「気づかされて」いるのでしょうか?

 ある人は言いました。自分には、自分たちには、周りも自分たちも知らない「隠された力があるのかもしれない」と。

 

3. 気づかぬ間に開いていたTSUBOMI

 ライラプスは、ヌマヅが変わらないわけではない、ということをヨハネに伝えようとしていました。ヌマヅにあって、変わっていくもの。そのひとつが、ヨハネの幼馴染、ハナマルでした。

 ハナマルはお菓子屋を始めていて、地元で人気を集めるようになっていました。堅実に夢に向かって前進しているハナマルを直視できず、「友達じゃない」などと言い張って、何度も逃げ出そうとしてしまいます。

 ラブライバーの中には、少なからずこのヨハネに共感できる人がいると思います。「この子たちは5歳も10歳も下なのにこんなに頑張って、どんどん前に進んでいる。なのに私は……」というようにです。

 現実世界、あるいは『ラブライブ!』の世界には学校があって、10代のうちは守られながら、自分の道を探すことができます。もちろん現実にも、中学校を出てすぐに働いている人がいたり、もっと幼いうちから食い扶持を稼がなければならない国や時代もあります。とはいえ、そのような「モラトリアム」が一般的なものになっており、精神と環境の変化が段階的に訪れるようになっています。

 しかし、『幻日のヨハネ』世界には学校という概念がないようで、10代前半の子どもも仕事を見つけています。端的に言えば、精神的に揺らぐ思春期と、対外的に自分を確定しなければならない就活が一緒に来るのです。あなたは耐えられますか? 実際に若いうちから仕事をしている人には失礼な話だと思いますが、少なくとも24歳まで学生をしていた私には厳しいと思えます。

 『ラブライブ!』から「学校」と「アイドル」という概念を取り除いたら何が残るか? という問いに対し、「お仕事をする」という端的な答えが早速用意されたことには感嘆してしまいます。

 ヨハネがヌマヅを出たのは、そうした周囲の変化に耐えられなくなったからという一面もあると思います。

 しかし、ハナマルがその「変化」を成し遂げたきっかけは、他でもないヨハネの歌でした。自分の好きなことを全力でやっているヨハネに憧れてお菓子作りを始めたハナマルは、ヨハネも同じように夢を追いかけているものだと信じていました。思ってもいなかった、あるいは寄せられたくもなかった期待はヨハネの心には薬のように沁みました。とはいえ、ヨハネが改めて自分を大切に思ってくれる存在と向き合えたのは、ハナマルが歌を聴きに来てくれたからにほかなりません。自暴自棄から立ち直ったヨハネは、ハナマルの顔も直視できるようになり、ヌマヅの街に、ライラプスにも「ただいま」が言えるようになりました。

 そして、それこそがヨハネの「魔法」でした。子どもの頃に魔法の指揮棒だと信じて振っていた木の棒は、この時ついに本当の魔法の杖になったのです。この杖にはライラプスの顔がついていますが、やはりライラプスヨハネの魔法には関係があるのでしょうか?

 

4. 異世界ヌマヅの世界観とは?

 この物語の舞台「ヌマヅ」についても、触れておかなければなりません。

 ファンタジーの世界ですから、『幻日のヨハネ』に描かれる景色は現実の世界をそっくりそのまま再現したものではありません。風景を作る建物や道路の材質、道行く人の服装などのパーツは、すべてお伽話のものに差し替えられています。にもかかわらず、とにかく見覚えがある景色ばかりが登場するのです。

 徹底的に世界観を考証しているハードなファンタジーではないのか、車も走っていますし、トカイの風景も我々の知るビルやコンビニなどありふれたもので構築されています。そして、何よりもヌマヅの風景の再現度は『ラブライブ! サンシャイン!!』の沼津同様、目を見張るものがあります。

 物語の舞台は場所と時間からなっていますが、『幻日のヨハネ』は風景を正確に表現している一方で、時代に関してはぼかしています。たとえば、ヌマヅ駅は高架駅になっていますが、現実世界の沼津駅も2040年に高架化されることになっています。ところが、やってくるのは昭和の前半に走っていた客車列車です。それも車内の座席は現代のものに近くなっていたり、駅名標JR東海*4のものに近かったりと、鉄道シーンだけ取っても混ぜこぜです。トカイにも、現代よりも進んだデジタルサイネージやネオンサインが街に溢れる一方で、公衆電話はピンク色のダイヤル式という時代錯誤が見られます。『幻日のヨハネ』は特定の時代の物語ではありません。現実世界と異なる歴史を歩んだ世界なので、当然ではありますが。

 そんな「幻日」の世界は、「歌」でできていると語られています。いま、『ヌマヅ』はある異変に襲われています。しかしその正体は未だ誰にもわからず、その名前すら誰も付けることなく、人々はそれを恐れています。ひとつわかるのはここが「歌」の世界だから、災いが「ノイズ」として姿を現していることです。そして、人間の精神や植物の生育など、様々な悪影響を及ぼしています。今のところ、直接人が死ぬような事態には発展していないようですが、このまま放っておくと、大変なことになるかもしれません。

 

5. ヌマヅと沼津

 最後に『幻日のヨハネ』と『ラブライブ! サンシャイン!!』の関係について語りたいと思います。

 何も変わらないと思っていたヨハネのところに飛んできたのは、ハナマルのお菓子屋のビラでした。これは、『サンシャイン!!』1期1話で、秋葉原を訪れた千歌の目の前で風に舞うビラのオマージュに違いありません。羽根が舞うシーンもあり、“原作” である『サンシャイン!!』のオマージュは数多くちりばめられています。

 一昨日サービスを終了した『スクスタ』のイベントストーリーで、高坂穂乃果「どんな世界に生まれていても私たちは私たち」というようなことを言っていた覚えがあります。私はこの言葉がとても好きで、『幻日のヨハネ』にも当てはまる部分は多いのではないかと考えています。

 もともと私は、アイドルに興味がありませんでした。今もアイドル自体が好きなわけではありません。そんな私がμ'sを知ってから、『スクフェス』を始めるまでやっていたのは、μ'sの曲を聴きながら、μ'sメンバーがファンタジーの世界で活躍する二次創作を読みまくることでした。今の新しいAqoursファンたちには、それが公式から、すなわちキャラクターの解釈が完全なものが供給されているのです。

 私は、これを機に、私のようにもともとアイドル好きではなかった人がAqoursのファンになってくれたらと本気で願っています。

 根本がAqoursのメンバーと共通しているキャラクターや、見覚えのあるヌマヅ≒沼津の風景に安心感さえ覚えるアニメでしたが、もう一点、長年ラブライブ! シリーズのファンをやってきた私にとっては安心できる部分がありました。ライブパートの導入の仕方が、『虹ヶ咲』のアニメと酷似していたのです。位置関係や、誰が誰に歌を伝えるのかが伝わりやすいステージが用意され、曲が始まるとその人物の、あるいは聴き手に見えている心象世界が展開されるという演出も、かのアニメのおかげですんなりと頭に入ってきました。

 

 まだまだ謎だらけの『幻日のヨハネ』。この夏は、ぜひ皆様、当ブログとも一緒に「ヨハネ」していただきたいと思います。

*1:現実世界の東京にあたる。他の都会は「都会」とは呼ばれていないのだろうか

*2:スクスタ20章を忘れない

*3:『スクスタ』では実際に沼津を訪れている

*4:ラブライブ!サンシャイン!!』とコラボ中