普門寺飛優のひゅーまにずむ

好きなものについて不定期に語ります。

はじまりの物語、「いま」を生きる人々 ~『スクールアイドルミュージカル』感想~

スクールアイドル誕生の地、神戸・ハーバーランドの景色 (2022. 12. 25)

 2022年12月10日 (土) に始まった『スクールアイドルミュージカル』は、1月29日 (日) に好評の中で千穐楽を迎えました。全17公演で、観ることができた人はそんなに多くなかったと思いますが、これほど評価が高く迎えられたのは、私から見ても期待以上だったのではないかと思います。

 この画期的な舞台を振り返っていきたいと思います。

 

もしまた観られる機会があれば、ぜひご覧あれ!

carat8008.hateblo.jp

 

 

1. あらすじ

 この物語の舞台となる学校のひとつ、大阪・滝桜女学院は芸能コース。ここは、ビジネスに明るい理事長の滝沢キョウカが設立した花形学科です。その中でも、学校の顔となるアイドル部では、メジャーデビューを目指すアイドルが育成されていました。センターを嘱望されているのが、キョウカの娘、滝沢アンズです。

 所変わって、神戸・北野の椿咲花女子高校は、開校120年の歴史と全国トップクラスの進学実績を誇る超名門進学校です。この設定だけで、今までのラブライブ! シリーズに全くなかった学校です。虹ヶ咲の普通科進学校ではあるようですが、進学以外にも部活動が盛んであったり、自由な校風という特色があり、進学に振り切っているわけではありません。生徒たちが毎週序列を付けられ、テストや補習に追われている様子は、シリーズとしては斬新な描写です。とはいえ、現実にはそういう学校もたくさん存在しているので、かなり共感を持って受け入れられる設定なのではないでしょうか。この学校の2年生で成績トップを死守していたのは、理事長椿マドカの娘、椿ルリカでした。

 そのルリカがアンズの存在を知るところから物語が始まります。そのときの舞い上がりぶりを歴代登場人物のそれで例えるなら、「完全にときめいちゃった!」というところです。それは、熱に浮かされたルリカの成績が下がったことでルリカの友人たちの知るところとなり、周りを巻き込んでアイドルへの憧れを深めていきました。

 自分たちの平凡な日常とは似つかない華々しいステージ上の人生。それは一体どのようなものなのでしょうか。ルリカは夜な夜な妄想を膨らませ、ついには白昼に居眠りしてアイドルになる夢まで見てしまいました。5人はついにアイドルの真似事など始めてみますが、当然ながら歌もダンスも何もうまくいきません。

 一方で、当のアイドル研究生であるアンズたちの生活は、夢とはほど遠いものでした。キョウカが学校の代表としてメジャーデビューさせたいのはあくまでも娘のアンズ。しかしアンズの実力は思うように伸びず、その座を狙う他メンバーたちの不満の源となっていました。特に、アンズの指導係にされている若槻ミスズにとってはなおのこと不服でした。

 ルリカには、亡き父と交わした母を支えるという大切な約束がありました。母を悲しませないため、勉強でもトップであり続けなければならず、他のことに現を抜かすなど言語道断でした。一方で、アンズをスパルタ指導することにキョウカを駆り立てていたのは、アンズが幼い頃に歌って踊ったことでした。アンズはそのときの母の笑顔が忘れられず、しかし今のアンズにとって、歌は楽しいものではなくなってしまっていました。

 ミスズや晴風サヤカのように、センターの座を狙うやる気に満ちたメンバーがいる一方で、アンズはどんどん気乗りしなくなっていきました。そんな自分がセンターであることを求められていることが申し訳なくなり、アンズはとうとう逃げ出してしまいます。転がり込んだ先は、椿咲花女子高校。あろうことか、キョウカの宿命のライバルだったマドカの学校です。

 突然話題のアイドルがやってきた椿咲花は大混乱に陥りました。ルリカはパフォーマンスを見せてもらおう、教えてもらおうとせがみ、もうアイドルを辞めたつもりのアンズを追いかけ回します。勢いの付いたルリカは母マドカにアイドル部をやりたいと訴えて、何も知らなかったマドカもパニックになりました。そして、アンズを追ってきたキョウカに、本来編入試験を通っていないはず*1のアンズを編入させ、アイドル部の部長とすることを宣言したのです。混乱のさなか、第1幕は終了します。

 第2幕では、ルリカの熱意に押されたアンズがアイドルの指導を始めるところから始まります。6人の初めての歌『君とみる夢』を作る中で、ルリカとアンズの間には絆が生まれます。2人は、「ずっと一緒に歌い続けること」を約束しました。

 一方で、滝桜アイドル部は、アンズがいないことで迷走してしまいます。センターが欠けたことで、センターを目指していたメンバーたちにとって好機になると思いきや、メンバーたちの仲が悪くなり、チームとしてのまとまりが崩れていきました。和を大切にし、自らぐいぐいセンターを目指すことをしない鈴賀レナも、この状況に戸惑いました。いなくなって初めて、滝桜のメンバーたちはアンズのかけがえのなさに気づいたのです。

 一方、椿咲花に訪れていたのは、経営危機でした。ルリカもそれを知ってしまい、学校を背負う重責を自分のこととして感じます。

 そんな中、椿咲花に滝桜から届いたのが、キョウカが倒れたという知らせでした。アンズは滝桜に帰らざるを得ず、誓いで結ばれたはずのルリカとアンズに別れの日がやってきます。再び5人だけになった椿咲花のアイドル部は、初ライブを目前に支えを失ってしまいます。その中で、ルリカたちは勇気を振り絞り、自分たちの自由なライブを実現させます。そのことが、椿咲花の生徒たち、滝桜の生徒たち、そして2人の理事長たちをも動かしていくのでした。

 

2. スクールアイドル創世記

 告知に書かれた、「ここからスクールアイドルをはじめる物語」というフレーズ。『ラブライブ!』はいつだって、はじまりの物語でした。しかしこれは、このミュージカルにおいて、それ以上に文字通りの意味で書かれています。『スクールアイドルミュージカル』は、「スクールアイドル誕生の物語」でした。

 つまり、『スクールアイドルミュージカル』の世界には元々、スクールアイドルが存在しませんでした。前半中頃、滝桜女学院の芸能コースが「アイドル部」を名乗っていながらも本格的にメジャーデビューを目指すアイドルを養成する場所であることや、「アイドル」という単語しか使っていないこと、アイドル好きの三笠マーヤがスクールアイドルの存在を知らないことなどから、まだこの世界にスクールアイドルが存在しないと気づいたとき、自分が伝説の場所に立ち会っているのだと強く感じました。

 その予感は、後半で現実のものとなりました。椿咲花アイドル部の初ライブとなったハーバーランドのイベントには、頼みにしていたアンズもおらず、メンバーの間にも絶望感が漂っていました。それでも、それぞれの「やりたい」という気持ちから5人は集結し、手を取り合って自分たちの力でライブを成功させたのです。このときに生まれた言葉が「スクールアイドル」でした。『ゆめの羅針盤に歌われる通りの、「それがスクールアイドル」です。

 スクールアイドルが生まれた時代設定については、随所で現在よりも過去の時代であることが匂わされています。ポスターのビジュアルは、どこか時代を感じる演出になっています。また、ルリカがアンズをTVで知ることや、理事長2人がガラケーで通話していたこと、女子高生たちもスマホを使っている描写がなく、2000年代だと思っても矛盾はしないと思います。『ラブライブ!』ですら、スクールアイドルの人気が出始め、スクールアイドルの頂点を決める大会が創設される、という「黎明期」の物語ですが、ここで「それ以前」の世界が描かれたことになります。μ's誕生より前と捉えることも、今までとはパラレルワールドなのでそれは無関係と考えることもできます。

 

3. 君とみる夢 ~「愛」の歌~

 『未完成ドリーム!』と並ぶ本作のもう一つのテーマソングともいえるのが、『君とみる夢』です。公演直前の配信番組で稽古風景が流れたのは、この曲の一部でした。

 「いつでも大好きなあなたを追いかけて」「いつでも全力の君を支えるから」*2という掛け合いから始まる歌で、いずれも前半部分はアンズの輝きに手を伸ばしたルリカが歌っています。しかし、後半を歌うメンバーがシーンごとに変化しています。

 この曲は、アンズを迎えて始動した椿咲花のアイドル部で初めて作曲された曲です。最初はルリカの熱意に押されて仕方なく指導を始めたアンズが、だんだんと歌うこと、踊ることの楽しさを思い出し始めたのは、ルリカが全力でそれを楽しんでいたからでした。「全力の君を支える」うちに、アンズは心から笑うようになりました。それを覗きに来ていた母キョウカは、娘のことをちゃんと見ていなかった自分の過ちに気づき、卒倒してしまうほどでした。

 その一方で、アンズが椿咲花の生活に溶け込めば溶け込むほど、ルリカとユズハの距離は離れていきました。もともとユズハはアイドルをする気がなかったこともあり、変わっていくルリカに胸騒ぎが収まらないユズハでしたが、自身がアンズに嫉妬していた*3ことに気づき、ルリカを助けたいという自分の本当の気持ちを思いだしたとき、ルリカの歌に応えて上記の歌詞を歌いました。

 3度目の登場は、ルリカたちが「スクールアイドル」となった後、滝桜の文化祭におけるアイドル部のお披露目イベントの前座に招待されたときのことです。ここには芸能関係者も詰めかけ、滝桜のアイドル部にとっては自分たちを売り込む重要な機会です。そのような場であっても、ルリカにはどうしても叶えたいことがありました。この歌を通してアンズと交わした、「ずっと一緒に歌っていよう」という約束です。アンズが滝桜に戻ったことで、その約束は果たされなかったと思われていましたが、ルリカはどうしてもまた一緒に歌いたかったですし、アンズもきっとそうだと信じていたのでしょう。なんと、5人は『君とみる夢』をアンズのパートを抜いた不完全な状態で披露し始めました。「支える」者がいなくとも自分は大切な約束を信じてやるという覚悟が、歌に込められていました。それを目の当たりにしたアンズは、自分の大事なステージであるにもかかわらず、無理を言ってその歌に交じりました。信じる力が奇跡を起こしたのです。

 最後は全員で披露した「スペシャルカーテンコール」です。ここでは、このパートを歌ったのはなんとマドカでした (アンズとキョウカの組み合わせも同時に歌っていたような気もしますが、失念してしまいました)。親が子どもの全力を支えるのは、当たり前のようで難しいことです。親のエゴで子どもが悩むこと、親がよかれと思ってしたことで子どもが抑圧されること、親にもしてあげられないことがあって親自身が無力感に苛まれることなど、私は人の親ではないので実感を持って理解しているわけではありませんが、親も人間ですから、ままならないことばかりだと思います。『スクールアイドルミュージカル』は母娘の物語でもあるので、母親がそれを歌うということの持つ力は計り知れません。

 ルリカの持つ力に動かされた人、ずっとそばにいた人、その成長を見守ってきた人と、様々な人に愛されてこそルリカが輝いたことを象徴する曲です。

 

4. 怒濤のスクールアイドル奇跡譚

 終盤の展開は劇的でした (劇そのものではありますが……)。スクールアイドルの誕生、そして離れ離れになった大切な人に想いが通じたことは述べたとおりです。しかし、奇跡はこれだけにとどまりません。

 マドカとキョウカは宿命のライバルでした。出会いは高校生の時、バレーボール部の代表選手として火花を散らしていました。引退して受験生となれば、模試の成績でトップを奪い合う関係になりました。そして、お互い学校経営者となり、今度は考え方の違いから対立しました。その対立を煽るようなワイドショー番組のシーンは、滑稽にまで見えます。

 2人の対立は劇中も深まるばかりでした。その一方で、アンズがあろうことかマドカの学校に転がり込んだこと、椿咲花の経営危機がキョウカの知るところとなったことなど、お互いにとって「カード」と呼べるものも増えていました。そんな中で、娘たちの頑張りが母たちの心を動かします。アンズは心から楽しく歌うことで、キョウカに初めて幸せを与えた歌を取り戻しました。ルリカは学校を愛し、学校のために歌って踊るスクールアイドルとなることで、マドカを笑顔にし、約束を果たしました。教育者の立場として、自分たちでも信じられないくらい大きく成長し、羽ばたく子どもたちの姿を見守るという本来の役割に気づいた2人には、いがみ合うことをやめ、手を取り合う下地ができていました。それ以前に、キョウカは経営危機の椿咲花を統廃合してやるとまで豪語していたのですが、こうして、晴れて2校は経営統合し、2人が手を取り合って経営する椿滝桜女学院高等学校となったのです。

 ラブライブ! シリーズと、その中にあるスクールアイドル文化は、今までも幼いところのある子を少し大人に成長させ、大人でいることを余儀なくされた子を少し子どもに還らせてきました。千歌や歩夢やかのんが自分に自信を持つようになったのは前者ですし、生徒会長たちが心の鎖を解いて、往々にしてやや「ポンコツ化」したのは後者です。それは、高校生に限った話ではないことを、2人の理事長が証明してくれました。

 私たちは歳をとればとるほど、高校生から離れていってしまい、スクールアイドルたちのことをどこか他人事として見ることが増えているかもしれません。しかし、その輝く姿に心を打たれ、自分を見つめ直せば、成長に繋げられることは、いくつになっても変わらないのかもしれません。

 

5. 小ネタ

・『スクールアイドルミュージカル』は神戸と大阪が舞台の物語です。劇中にも、神戸や大阪の地名などが時々登場します。椿咲花がある北野には異人館街があります。ここは険しい坂の上なので、スクールアイドルたちはこの坂を駆け上がってトレーニングしているのかもしれません。マーヤが行きたがっていたアニメイトも、実際に三宮にあります*4

 スクールアイドル誕生の地は、神戸の埠頭に面するハーバーランド (トップ写真) です。実際には、隣接する『かもめりあ』に円形ステージがあり、様々な野外イベントが開かれています。滝桜のアイドル部が公演を行う場所として梅田芸術劇場が挙げられていましたが、これはまさに大阪公演の会場そのものです。大阪公演では、「ここじゃん!」と盛り上がったに違いありません。

 一方で、関西弁はほとんど登場しませんでした。キャストのほとんどは関西出身ではないので、方言指導をつけても不自然になるよりは、自然に聞こえるほうを優先したのかもしれません。ただ、もし大阪公演で台詞がすべて関西弁になっていたら驚きですが。

・マーヤとユズハを演じる佐藤美波さんと浅井七海さんは、ともにAKB48チームBの現役メンバーであり、事務所はDHに所属しています。ところで、この「おバカだが、誰よりもアイドルを愛しているツインテール少女」と「姿勢も礼儀も正しく、歌詞を担当する主人公の幼馴染」は、μ'sのにこと海未を連想させるものがありませんか? 実は、にこと海未を演じる徳井青空さんと三森すずこさんも、『ラブライブ!』放送当時はともに響に所属し、ミルキィホームズのメンバーでした。思わぬところで共通点のある組み合わせです。

 佐藤さんはにこの大ファンだそうです。一方、最近になってラブライブ! シリーズと関わり始めた浅井さんは、なんときな子が最推しとのことです。一昨年まで一般人だったきな子役の鈴原希実さんがたった1年でAKBのチームキャプテンに推されるようになったのは、まさにシンデレラストーリーです。

・終盤、スペシャルカーテンコールまでの間に劇中時間の1年が経過し、全員が進級します。このことで、ルリカとアンズは「史上初の3年生主人公」となりました。既に『スーパースター!!』主人公のかのんが3年生になることは確定していましたが、思わぬところで順序が逆転しました。なお、『蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ』の紹介にも、「旅立つものと遺されるもの」「限りある時間」などという文面が踊り、卒業する3年生が重要な鍵を握ると考えられます。

・ラストで2校が合併し、「椿滝桜女学院高等学校」が発足しています。大道具に書かれた、2校の名前を繋げただけの校名を見て、私はあらぬものを思い出してしまいました。『スクスタ』制作中の情報発表会 (2018年) で、「浦の星女学院」が「音ノ木浦の星女学院」と誤植されていたことです。どこぞの空想特撮映画とは違って、流石に意識したわけではなさそうですが……。

*1:椿咲花の生徒は勘違いをしている

*2:未発売につき、歌詞の表記は不明

*3:幼馴染の伝統

*4:記憶違いかもしれないが「サンチカ」と言っていたような気がする。実際にアニメイトがあるのは地上のセンタープラザビル