普門寺飛優のひゅーまにずむ

好きなものについて不定期に語ります。

23歳が届ける ”どう生きるか” TOMORI KUSUNOKI LIVE TOUR 2023 ~PRESENCE/ABSENCE~ 名古屋公演感想

ライブ会場となったZepp Nagoya

 2023年8月6日 (日) に開催されたシンガーソングライター・楠木ともりさんのライブ『TOMORI KUSUNOKI LIVE TOUR 2023 ~PRESENCE/ABSENCE~』名古屋公演に参加してきました。

 今回のセットリストは、千穐楽 (9月2日 (土) の東京公演) まで非公開。つまり、それに関連してライブの内容や演出などに関しても口外無用でした。

 というわけで、記事執筆時点ではこの公演が終了していなかったので、記憶を頼りに記事を書いています。普段は記憶とメモを中心に、忘れたところなどはセットリストを検索して思い出そうと努めたりするので、やや心許ないですが、普段よりも生の感想をお届けできるように頑張りました。

 

 

 

1. ライブに至るまで

やはり、このことがきっかけ

carat8008.hateblo.jp

 今回のライブに参加するきっかけとなったのは、楠木さんがラブライブ! シリーズと優木せつ菜という役を離れたことでした*1。2月のライブに参加し、これからの “ニジガク” とせつ菜を応援することを誓ったと同時に、楠木さんにもう一度会いたいと願いました。機会があるならば、一つの役から浮かび上がった姿しか知らなかった「人間・楠木ともり」の生き様を、今度はもっとよく知りたいと思いました。

 ちょうどその頃、友人から楠木さんのソロライブがあることを知らされました。お互いの都合の合う日は、その友人の地元である愛知県での公演でした。

 

2. 初めてのライブハウス

 今回の会場はZepp Nagoya。全国の大都市にある大規模ライブハウスであるZeppですが、私は足を踏み入れたことがありませんでした。それもそのはず、私はラブライブ! シリーズ以外の音楽ライブの現地に足を運んだことがなく、ラブライブ! シリーズにはZepp公演歴がない (『バブ卒』NMB公演はZepp Namba開催が予定されていたが、中止) ため、三段論法的に未経験であることが導かれます。

 ライブハウスなので*2Zeppではワンドリンクの購入が義務付けられます。実際には、入場口でSuicaなどの交通系ICカードをタッチすればもう支払われており、その場でメダルを受け取って中でドリンクと引き換える仕組みで、とてもスムーズでした。600円だからといって600円のものを頼む必要はないので (ただしおつりは出ない)、倒しても中身が出ず、喉がべたつかないペットボトルの水かお茶が適しているのではないでしょうか。選ばれたのは、綾鷹でした。

 私たちの席は2階席で、1階席全体が見渡せました。私は手に入れていませんでしたが、想像以上にライブTシャツを着ている人が多かったです。客席の色が白に染まり、視覚的にも統一感がありました。

 ライブは、暗いステージに入場してきたバンドメンバーの音出しから始まりました。オーケストラの音合わせも同様ですが、音楽をやったことのない身には、どのような作業なのかわからなくても、これから演奏が始まるんだという高揚感を覚えます。

Zepp Nagoyaの最寄駅の一つ、ささしまライブ駅
文字通りの目的で来るとは思っていなかった



 

3. 生きている音楽

 満場の拍手に包まれ、楠木ともりさんが入場しました。

 1曲目は、1つ目の表題曲『presence』です。

 もちろん私は、ライブ現地の歌の力を知っているはずでした。しかし、私は衝撃を受けました。

 歌が、音楽が、生きていました。

 音源で聴いたのと全く印象が違うのです。歌の世界が、魂の鼓動、生の息遣いとともに、視覚と聴覚の両方で眼前に展開される感覚は、ライブでしか味わえないものです。ライブは、ひとつの作品です。歌詞や演奏などの個々の作品の力の合計では及ばないような力で、歌が私の心に直接響いてきます。楠木さんは、この作品としてのライブを、自らプロデュースして作り上げているのです。

 『presence』は、自らの存在証明の歌です。歌詞を見ると、思ったほど明るい内容ばかりではありません。というより、楠木さんの歌詞には苦しみや悲しみを歌ったものが多めです。『presence』は、そんな楠木さんの楽曲の中では、かなり爽やかな部類の曲です。

 アルバムを買ったとき、声優としての楠木さんしか知らなかった私はそのことに驚きました。一方で、そのような陰影の部分も言葉にできる人が、私の知る声優としての演技をしていたことには大いに納得しました。楠木さんが胸に響く言葉を紡ぐ人であることは、もう知っていました。そんな言葉の数々を浴びたいと思ったのも、楠木さん自ら作詞した楽曲を中心に構成されたアルバムの購入やライブの参戦の動機でした。ただ実際には、言葉と、言葉ではない部分の表現が溶け合い、想像を超えた力を見せてくれました。

 

4. 人間・楠木ともり

 『presence』と『青天の霹靂』という起伏のある2曲を披露した後、MCが始まりました。このMCもまた個性に溢れていました。

 楠木さんは客席の人々に次々話しかけていました。自らデザインしたという、自分の顔写真が入ったTシャツを「着ていなかった」人に、買わなかった理由を聞いて回っていたのなど、まさに「ともり節」とでもいうべきMCでした。自分の心の内をさらけ出すようなシリアスなパフォーマンスと、軽妙な語り口は、彼女なりのバランス感覚なのだそうです。温度差で心が風邪を引きそうですが、どちらも偽りない本気だと思います。

 その次のパートは、『ハミダシモノ』から続く4曲です。この曲は、楠木さんの現状唯一のタイアップ曲で、TVアニメ『魔王学院の不適合者』の第1期EDテーマソングです。アニソンらしいはっきりとした流れの端々に楠木さんらしさが覗く歌で、楠木さんのソロ楽曲の入門にちょうどよい曲なのではないでしょうか。歌い出す前に曲名を宣言した時点で、既に尋常ならぬ会場の沸き上がりぶりでした。

 このパートは、『BONE ASH』『バニラ』『absence』と続きました。まるで、楠木さんの半生を振り返るような構成です。

 歌手に憧れ、その憧れを最初に叶えた曲である『ハミダシモノ』に続いて、それまでの人生から生まれ変わった『BONE ASH』、人生を支えてくれている大切な人について歌った『バニラ』と言う流れです。

 『バニラ』は楠木さんのメジャーデビュー直前に完成した曲ですが、今回のライブにおいて重要な立ち位置の曲でもあり、私の好きな曲でもあります。親や師の愛情を甘く優しい香りのバニラに例えた歌詞の詩的さはもちろんのこと、胸の中にこみ上げてくるものをそのまま溢れさせるような歌い方で、たとえ「ハミダシモノ」の人生でも誰かに愛され、支えられていることを意識させます。この歌詞の好きなところはもう一つあって、2番で「バニラに溶け」るのは「私の声」だということです。愛は誰かに注がれて、また誰かに注ぐものであるという「バトン性」があるからです。そしてそのような存在は、いつまでもいるとは限りません。

 左側のベンチから立ち上がって歌った楠木さんが、歌い終わりには右側のベンチに座っていました。そして歌い出したのは『absence』でした。大切な人との、別れの歌です。

 この歌には実際の別れの経験が込められていて、事前のインタビュー記事において「この歌を歌ったら、泣いてしまうかも」という内容が語られていました。それを読んで、泣かないように頑張って歌うのかと思っていました。しかし、実際にはそれは部分的には正しくないというか、そうだとしたら「背水の陣」としか思えない繋ぎが披露されました。むしろ、『absence』を最高潮に魅せるセットリストがこれで、本人も辛いにもかかわらず一切妥協せずにそれを見せる選択をしたと捉える方が適切だと思います。

 実際それは効果覿面で、曲が終わったときにはそこら中からすすり泣きが聞こえました。音楽ライブに行ったことのある方の中で、泣いたことがある方は少なくないとは思いますが、この光景ははっきり言って異様でした。

 楠木さんは、引退したマネージャーとの別れをきっかけにこの曲を書いたそうです。参加者も、それぞれに自分が経験した別れのことを思い出すことができたのではないかと思いますが、とりわけ私のように今回初めて楠木さんのライブに来た人の中には、この曲を聴いて、楠木さんが経験したそれとは異なる “ある別れ” を想起した人も少なくないと思います。そう考えると、時候も相まって多くのファンの心に刺さった曲です。

 そして、2曲の表題曲『presence』と『absence』は、ともに「前に進むこと」を歌った歌でもあります。それでは、楠木さんはどのように「前に進むこと」を「生きること」だと考えているのでしょうか? それについては、あとのパートがより深い洞察を与えてくれます。

 

5. 芸術家・楠木ともり

 楠木さんは、またも軽妙な語り口で売上の話をはじめ、湿っぽい雰囲気を吹き飛ばしました。今回2種類発売されているアルバムのうち、売れ行きが良いのは『PRESENCE』のほうだそうですが、会場でアンケートを取ると、『ABSENCE』のほうが所有者が多かったようです。楠木さんは、「どっちも買ってね」と念を押していました。このデータからは、「『ABSENCE』を買うような人がライブに来る傾向がある」と考えられます。全曲聴くと、必ずしもその限りではないのですが、買う前は「『PRESENCE』にポジティブな、『ABSENCE』にネガティブな曲が多いのかな?」と思うはずです。となると、楠木さんのことをより深く知ろうとする人や、ネガティブな感情を癒してほしい人が、『ABSENCE』を買うし、ライブにも来る可能性が高いということです。

 今回のアルバムには、2枚合わせるとこれまで楠木さんがリリースしたすべての楽曲が入っています。つまり、今回のライブのセットリストはすべてこの中から選ばれたということです。

 この後のパートは、「ライブで人気の盛り上がる曲」から選ぶという触れ込みで始まりました。『もうひとくち』を皮切りに、『StrangeX』『Forced Shutdown』『熾火』に続きました。『もうひとくち』は、素直になれない女の子の心情を歌った、楠木さんの楽曲の中でも特別可愛い楽曲です。声優としての楠木さんを知っている人間からすれば、こういう可愛らしさを出せる表現力があることに不思議はありません。それでも、生で浴びると可愛いなあと感心してしまいます。つまり、楠木さんはわかりきっている人間の心をも打てるのです。

 このパートのラストに持ってこられた『熾火』は、創作に行き詰まる楠木さん自身の心情を歌にしたものです。「ないない尽くし」のサビの歌詞を聴いていると、何故かこちらまで暴れたくなってしまいます。たかが感想のブログと一緒にしてはいけないとは思いますが、私も思うように気持ちが言葉にならなくて苦しむときはあります。それ以上に、私たち一般人にとっては「何者にもなれない苦しみ」というのも、当てはまるものかもしれません。

 そして、『熾火』に至るまでに、精巧に「ない」を積み上げるのが、このセットリストのすごいところです。『StrangeX』もコミカルではありますが、助けを求めながら差し伸べられた手を拒絶する矛盾した心情を歌っています。この曲でみんなで振りコピ*3をして楽しんでいると、気づけば「ない」の沼に堕ちてしまい、断絶の歌である『Forced Shutdown』、そして先述の『熾火』を叩きつけられたのです。そこまで来ると、最初の『もうひとくち』すらも、好きな気持ちを言葉にできない女の子の歌という捉え方になってしまいます。最初は純粋な気持ちだったのに、それを表現するのは難しく、拒絶と断絶の中でもがき、拗れていく、そんなスパイラルに陥るのを、私たちも知らぬ間に追体験していたということです。

 私が知っていた声優の楠木さんは、決して妥協を許さない人でした。仲間やファンが認めようとも、自分の納得が行く形になるまで努力し続け、なれない悔しさを抱える人でした。そしてそれは、アーティストとしても同じでした。私たちから見たら、あるいは同じミュージシャンから見ても、素晴らしい歌詞や楽曲を作り出す新星です。それでも楠木さんは追求を続けます。身を削って音楽を生み出し、表現しているからこそ楠木さんは輝いています。そして、音楽を表現する人のことをよく「アーティスト」と呼びますが、自分の全てをかけてたゆまぬ追求を続けている楠木さんには文字通りの「芸術家」という言葉が似合います。

 それにしても、それを声優をやりながらやっているというのが何よりもすごいところです。本人は声優で培った表現力も、アーティスト活動に活きていると語っていました。

 

6. 何一つ生まれない日も生きていること

 その後のMCでは、『PRESENCE/ABSENCE』というアルバムやライブにかけた想いを語っていました。長めのMCだったので全ては覚えていませんが、私が感じたことに絡めて再構成したいと思います。各公演同様の内容を話しているそうです。

 このライブは、楠木さんにとっての「存在証明」となるべきライブでした。想いを伝える仕事であるシンガーソングライターとしての楠木さんの活動は、「不在」との戦いだったからです。楠木さんのメジャーデビュー決定は2019年12月。すでに中国・武漢では未知の感染症が猛威を振るっており、『ハミダシモノ』が発売された2020年8月には、一通り世界が閉ざされたあとでした。伝えるべき相手がその場にいないことは楠木さんに「無意味」を突きつけました。

 一つ申し上げておくと、楠木さんを閉ざしたのはコロナ禍だけではないと思います。特に言及されませんでしたが、持病により思うようにならない身体もきっとそうです。楠木さんが紡ぐ剥き出しの歌は万人受けするものではないために、心無い言葉を浴びせられることもあったかと思います。そのほか、私たちには知りようがない、悲しいことは数え切れないほどあったのではないかと想像しています。

 その「不在」との戦いで何度も投げ出しそうになりながら、そういった悲しみだったり、そういうものと向き合う中で見つけた、「伝えたい自己」と対照的な気持ちにも意識的に向き合うようになっていったことを、「一面だけの人間はいない」というような言葉で振り返っていました。

 そして、そのような対照的な存在を表す舞台装飾が、アルバムの写真やパッケージにもあしらわれている花です。生花は生 = PRESENCEを、ドライフラワーは死 (そのものズバリの言葉は使いませんでしたが) = ABSENCEを表しています。そういう対極にあるものの間で、天井から吊り下げられた花瓶がきらきらと光っていました。

 楠木さんは、このMCを「皆さんに明日一日頑張って生きてほしい」と締めていました。辛くても「あと少しだけ」の積み重ねが明日に繋がっていき、この度のライブのような機会に繋がるというのです。

 楠木さんは、言葉を伝える力を持つ人です。しかし、本当は歌で伝えたいという気持ちを持っているようで、「このMCで信じてもらえない方には、これから歌う歌で信じてほしい」というようなことを言い、『それを僕は強さと呼びたい』を歌い始めました。

 この曲は提供楽曲であり、楠木さんが作詞・作曲を行ったわけではありません。しかし、この曲こそが楠木さんの生き方を言い当てているようです。それだけに、歌詞も、言葉に乗らない気持ちも、全てが込められているように感じました。ここまで楠木さんが歌ってきた人生や、創作者としての苦悩がこの曲一つに収束している、このライブのクライマックスに相応しい曲でした。

 ここまできて、私はある勘違いをしていることに気づきました。楠木さんの「みんなの心にあかりを灯す」という、自らを名付けた (この名前が芸名であるという確たるソースはありませんが) 由来ともなる活動方針は字面としては知っていましたが、今まで楠木さんが私たちを照らしてくれるようなイメージを漠然と抱いていたのです。確かに楠木さんは輝いています。しかし、この文言をよく考えてみれば、光るのは私たちの心の方なのです。それを、ここで初めて実感をもって理解しました。ここから先は私の生き方次第で、暗い世界の中を進んで行けるか、ないない尽くしの自分から手を伸ばせるか、それが問われていたのです。

 これこそが、私にとってこの日の「アップデート」でした。そんな、参加した人それぞれの「アップデート」を楠木さんに届ける曲が、本編最後の曲、『アカトキ』です。「アップデートしていこうよ」の部分を、みんなで一緒に歌ったり、観客が歌ったりするのが、楠木さんのライブの恒例となっているようです。それは、楠木さんが伝えた渾身のメッセージを確かに受け取った証でもあります。

 余談ですが、アルバムの限定盤には、2019年12月、まだインディーズだった時代に行われたバースデーライブのBDが収録されています。なぜこのBDが収録されているかといえば、これが楠木さんのライブの中で声援ができた最後のライブだったからではないかと考えられます。今回、久々に声出しが可能になって、ファンにその様子を知ってほしかったという意味だと捉えています。だとすれば、特にこの『アカトキ』の様子を見る限り、それは望みどおりになったとみてよいのではないでしょうか。

 

7. 楠木テレビショッピング

 アンコールまでの間も、とにかく必死に叫んでいたような気がします。ステージから退場したパフォーマーに気持ちを届けようとするこの時間は好きなものですが、声が枯れるほど叫んだのは本当に久しぶりです。

 アンコール1曲目は『眺めの空』でした。『もうひとくち』がこの曲のアンサーソングとなる、からかわれる側の少年の気持ちを歌った歌です。自分の知らない感情、少女に奪われてしまった心に戸惑う気持ちを、ややきつい言葉でそれを表現していますが、その言葉選びとは裏腹に、「それを恋って言うんだよ!」と聴いているこちらがもどかしくなる感情もあります。個人の感想ですが、『もうひとくち』よりもこちらのほうが可愛いなと感じます。つまり、楠木さんの楽曲の中でトップクラスに可愛いということです。夏の歌であり、季節感もぴったりです。

 今回のアルバムでは、これまでにリリースされたすべての楽曲を「存在」側と「不在」側に分類したところ、ちょうど半々となったということです。『眺めの空』は『ABSENCE』に収録されています。恋心の独占性や排他性を「不在」であると見抜くのは見事です。

 2曲目までの間にMCがありましたが、楠木さんが伝えたいことは本編で最後まで伝えてしまっていました。この時間は、なんとステージ上でライブグッズの紹介を始めました。グッズも自らデザインを行っているため、これも立派な作品紹介でもあります。可愛いグッズやお洒落なグッズもある中で、自分の顔を大写ししたTシャツなど、癖のあるグッズも取り揃えています。その様子はまるでテレビショッピング番組でしたが、紹介された時点で会場のグッズはほとんど完売していました。セールストークとはいえ、MCで「自分のことは嫌い」と言っていた楠木さんが、自分の作品には自分以上に誇りと愛を持っているのが伝わってきます。『熾火』の歌詞でも、自分の作品のことは「我が子」と表現しています。

楠木さんの「我が子」のひとつ、マフラータオル。裏面は『ABSENCE』になっている
(2023. 8. 8)

 最後に、会場のみんなで記念撮影をしました。全員でライブタイトルのタオルを掲げて写真に写ります。統一感がありながら、自由さもある思い出の写真になりました。この写真は転載禁止なのですが、どうしても皆様にもその雰囲気をお伝えしたいので、楠木さんのXそのものを記事に埋め込んでおきます。

 

 最後の曲では、そのタオルが活躍します。楠木さん的にはなるべく様々なグッズを買ってほしいはずですが、写真撮影とこの曲があるのでタオルだけは最低限必須です (ちなみにブレードやサイリウムの類は使用することができず、当然グッズにもない。演出に闇を使うことがあるので、その必要がある)。その曲は『僕の見る世界、君の見る世界』。曲のサビに合わせてみんなでタオルを振り回すのは楽しいですが、やはりこの曲も楽しい歌詞や明るい歌詞ではありません。こうして会場の一体感を味わいながら、しかし楠木さんと観客が共有しているのは「孤独」というものであるという、矛盾していて、それでいて綺麗な光景を見ることができました。

 

8. 総括 ~矛盾、燦然と~

 楠木ともりさんの人柄を知りたいと思って初めて参加した今回のライブ。その目的は、完璧に果たされました。

 楠木さん自身が手がけた舞台装飾では「生」と「死」のモチーフで、相反し相補する「存在」と「不在」を表現した花の装飾が見られました。セットリストは楠木さんの人生と、創作者としての在り方を表したパートがあり、「存在」を求めると必ず現れる「不在」という共通した問題が提起されました。どんな人にも愛してくれる人がいて、その人といつか必ず別れることになります。どんな純粋な気持ちにも己の中に矛盾した感情があって、それを形にするには苦痛が伴います。その不在がもたらす心の澱から逃げずに孤独に向き合い続けることが、自分の心に一筋の光を灯す、というのが、このライブを通して示されたストーリーです。歌を聴いていた私たちは皆、この会場を出たら孤独になることはわかっていたと思います。このライブを思い出せば、その孤独さえも力に変えられるような力を貸してくれたのだと思っています。

 ほとんど余談ですが、『PRESENCE/ABSENCE』のライブツアーが始まったのと同じ2023年7月、スタジオジブリの新作映画『君たちはどう生きるか』が公開され、私も前の週に観てきました。この映画については特に感想を書くつもりはないので、皆様ご自身の目で確かめていただきたいですが、仮に『PRESENCE/ABSENCE』で提示された主題を『君たちはどう生きるか』になぞらえるなら、個を吞み込み、埋没させる戦争という時代背景の中で、主人公の少年・牧眞人が、善性だけでできた理想の世界を創らないかという問いに対して答えを出し、自らにつけた傷と向き合ったことが、善にも悪にもなれなかった彼の「存在証明」になった、といえましょうか。あの傷の意味にも様々な解釈があるでしょう*4しそれ自体が非常に難解とも言われていますが、言い方を変えれば解釈を寄せ付けない自我の勃興とも言えるのかもしれません。

 正直ここまで書いてきてなんですが、「良かった」では感想にならないので字数を稼いでいるだけで、このライブに関しては言葉を弄して感想や解説を書いてもほとんど意味はないのではないかと思います。楠木さんの書く (または、楠木さんのイメージに合わせた提供を受けた) 歌詞もまた難解なものが多く、生で歌唱を聴いて、あの日あの場所で、あのセットリストで、あの衣装であの演出であの伴奏で、初めて意味を持って私の心に届いたものが多かったからです。ゆえに、そのイメージを言葉に起こすことはできても、一曲ごとに分解したり、MCを引用したりしたことでは伝わらないのです。「あの時限り」の私の想いを伝えるのに、ああでもないこうでもないと言葉をぐるぐるさせているうちに時間が経ち、唯一の拠り所だった記憶がだんだんと頼りにならなくなってきました。普段の文章の書き方が通用しなかったことはこの夏の私の敗北宣言です。

 とはいえ、せめて楠木ともりさんという人はなんかすごそうだな」ということだけでも伝わっていれば幸いです。楠木さんはまだ23歳で、自分の若さに依存しない生き方を確立しているので、まだまだ何年も活躍を続けてくれると信じています。むしろそういう意味では、将来も若いままの人なのかもしれません。声優として、歌手として、音楽制作者として、あるいは、絵画や文学のような未知の領域でかもしれませんが、いつか想像もできないところに辿り着いているかもしれません。

 声優としても、今年度に入ってからもいくつもの作品で存在感を発揮しています。10月開始の『豚のレバーは加熱しろ』は私が原作1巻から応援してきた作品で、好奇心の強いヒロイン・ジェス役での活躍を楽しみにしています。

 

セットリスト一覧 (復元)

1. presence

2. 青天の霹靂

MC

3. ハミダシモノ

4. BONE ASH

5. バニラ

6. absence

MC

7. もうひとくち

8. StrangeX

9. Forced Shutdown

10. 熾火

MC

11. それを僕は強さと呼びたい

12. アカトキ

アンコール

13. 眺めの空

MC

14. 僕の見る世界、君の見る世界

*1:3月31日付で降板。ただし媒体そのものの世代交代にあたり、一部媒体では6月30日まで演じた

*2:一般的には、飲食物を必ず提供すれば飲食店扱いで営業できるため

*3:この振りは、楠木さんがTwitterで提案したものとのこと。そしてTwitterは、前週大阪での初公演を目前に、その名も「X」に改称された

*4:私の解釈は、①夏子に向いている父・勝一の注意を引こうとしてやったが、それを見透かされ否定した②戦争の継続や地方移住、新しい母親の登場など自分を置いて進んでいく世界についていけなくなり、衝動的にやった、の2つ